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目前に迫った日米貿易協定の締結。じつはこの協定によって、日本の食と安全が危機的状況に追い込まれる。特に懸念されるのが“ホルモン牛”によるがん激増のリスクだ。

 

「今回の日米貿易協定は、米国が欲しいものだけを取って、日本は失うだけの結果に終わりました。トランプ大統領は日本に対し、現在2.5%の自動車の輸出関税(乗用車)を“25%まで引き上げる”と脅してきました。日本はそれを避けるために“それ以外のことはすべて受け入れます”という交渉をしてしまったのです」

 

こう語るのは、『食の戦争 米国の罠に落ちる日本』(文藝春秋)の著者である、東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授だ。’15年、日本と米国を含む12カ国で合意した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)。’17年にトランプ大統領が誕生したことで、米国は一方的にTPPを離脱し、日本に2国間の貿易協定を結ぶように迫ってきた。

 

「すでに発表されている日米貿易協定の合意内容によると、米国産牛肉にかけられている関税を現行の38.5%から段階的に9%まで引き下げられることになります。さらに、豚肉は低価格品の従量税を現行の1キロ482円から段階的に50円まで下げ、高価格品の関税は現在の4.3%から最終的には撤廃されます」(鈴木教授)

 

政府は日米貿易協定の内容が「TPP水準」であることを強調しているが、TPPに盛り込まれている自動車の関税の将来的な撤廃は見送りに。さらに、中国との関係悪化で、米国内でだぶついているとうもろこし250万トンを購入させられるというオマケもついた。まさに日本は一方的に“失うだけの結果”に終わったのだ。

 

「貿易交渉では農林水産省は完全に排除されました。今の安倍政権を裏で動かしているのは経済産業省。自分たちの天下り先である自動車、鉄鋼などの関連産業を守り、利益を増やすためだけに、食料や農業分野を米国に差し出してしまったのです。ほかにも乳製品、小麦、大豆など、米国産農産物への市場開放が一層進むことは避けられない事態になっています」(鈴木教授)

 

米国産牛肉の関税が大幅に引き下げられると、これまで以上に輸入量は増え、低価格の米国産牛肉が国内市場で大量に売られることになる。そこで懸念されるのが、“ホルモン牛”問題だ。

 

ハーバード大学の元研究員で、ボストン在住の内科医である大西睦子さんが解説する。

 

「1950年代から、米国のほとんどの肉牛にエストロゲンなどのホルモン剤が投与されています。これらのホルモンが、牛肉に残留していた場合、発がん性が懸念されるのです。とくにエストロゲンの一種、エストラジオールの発がん性については、乳がん、子宮内膜がん、卵巣がんのリスクを上昇させることが、疫学的に証明されています」(大西さん)

 

米国ではじつに90%以上の肉牛に“肥育ホルモン剤”と呼ばれるホルモンが投与されているという。この薬剤を使うと牛は早く太り、普通に飼育した牛よりも数カ月も早く出荷できる。肥育ホルモン剤は日本国内で育てられる肉牛には使用されていないが、これを使用した牛肉はすでに米国内から輸入されており、市場に多く出回っている。

 

環境・食品ジャーナリストの天笠啓祐さんが語る。

 

「肥育ホルモン剤が牛肉に微量でも残留したまま体内に取り込まれると、内分泌系がかく乱されて、さまざまな健康被害が起きやすくなる危険性があります。自律神経系や免疫系にも影響を及ぼす。とくに危険性が指摘されているのが、乳がんです」

 

ヨーロッパでは、’88年に当時“成長ホルモン剤”と呼ばれていたこれらの薬剤の使用を禁止。’89年からはホルモン剤が使用された牛肉の輸入を全面禁止した。

 

「EUは今でも輸入禁止です。米国も圧力をかけていますが、危険性が疑われるものは輸入しないという方針を貫いている。だから米国にとって日本は、いい市場だということです」(天笠さん)

 

“米国産ホルモン牛”の輸入を禁止してから7年で、EU内で乳がんの死亡率が、多い国では45%減ったという研究報告が学会誌に出たこともある(アイスランドはマイナス44.5%、イングランド・ウェールズはマイナス34.9%、スペインはマイナス26.8%、ノルウェーはマイナス24.3%)。

 

’09年、日本癌治療学会で「牛肉中のエストロゲン濃度とホルモン依存性癌発生増加の関連」という研究発表が話題になった。市販の和牛と米国産牛のエストロゲン残留濃度を計測して比較。その結果、赤身部分で米国産牛肉は和牛の600倍、脂身では140倍のエストロゲンが残留していることがわかったのだ。

 

調査を行った、北海道対がん協会の理事兼細胞診センター所長・藤田博正さんが振り返る。

 

「数値が出たとき、EUが米国産牛肉を輸入禁止にしている理由がわかりました。牛肉のエストロゲン濃度と、がんが直接関連するかどうかは、まだわかっていないことが多い。しかし、発がんリスクを高める要因となる可能性があり、安全性が証明されていない以上、私は米国産牛肉を食べないことにしています」

 

肥育ホルモン剤が使われていない国産牛肉や豚肉を食べればいいと思うかもしれないが、現在国産牛肉の自給率は36%、豚肉は48%と、国内生産は年々減少傾向である。前出の鈴木教授は、関税の引き下げで自給率はさらに下がると警鐘を鳴らす。

 

「私の研究室では、このままだと’35年に牛肉の自給率が16%。豚肉の自給率は11%にまで下がると試算しています。このまま自給率が下がれば、スーパーなどの食品売場には、輸入品だらけの状態になるでしょう」

 

牛肉、豚肉に限らず、安全な食品が“ほとんどない”状態が目前に迫っているという。

 

「米国の乳製品もこれから国内にどんどん入ってきます。米国の乳牛には、エストロゲンとは別の遺伝子組み換えのホルモンが投与されています。このホルモンも、乳がん発症リスクを何倍も高めるという論文があります。輸入が増えれば、国内の生乳、乳製品はますます売れなくなり、酪農家が廃業に追い込まれる。すると、国産のものが減り、米国産の乳製品がさらに市場を席巻することになりかねない」(鈴木教授)

 

私たち消費者はどうするべきなのだろうか。「まず、今後も続いていく日米の貿易交渉の実態を知ること」だと、鈴木教授は言う。“自動車”と引き換えに、これ以上“食の安全”が売り渡されないために、米国との交渉を国民が注視していく必要があるのだ。

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