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頭脳警察 18年ぶりにNEWアルバム発売&『ドキュメンタリー頭脳警察』3部作公開 インタビューエンタ@jisin 2009年11月03日 |
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VOL.3
――若いミュージシャン、頭脳警察のTOSHIさんじゃなくて、単純にTOSHIさんを好きという人が多いですよね。TOSHIさんカッコいいみたいな、そういうドラマーが多いですよ。
TOSHI(笑)
――頭脳警察としてのTOSHIさんよりも、ドラマーTOSHIさんを見てるほうが多いっていうのもありますよね。いろんなコンサートでTOSHIさんが叩かれて、エンケンのバックとかいろんなとこでやられてましたけど、そのイメージが僕なんか強いので。
TOSHI まあ、長くやってますからね。
――鼓童の和太鼓の人とかもそうだけど、それこそ「TOSHIさんって頭脳警察だったんだ」って。「リンゴ・スターってビートルズだったんだ」みたいな(笑)、そういう感じあるみたいですよ。
TOSHI じゃ、あんまり酔っ払ってないで、しっかりしないと(笑)。後ろ姿しっかり見せないと。無理だって、今さらね(笑)。
――還暦を迎えて、あえて60歳で何か感慨みたいなのってありますか。
TOSHI いやあ、ないですねえ、これ。でも、早くなりたいなって。いや、50はちょっといやだなと思ったけどさ。45ぐらいから50代は(?)。60は早くなりたいなと思ってたね(笑)。なんか漠然とだけどね。これといって意味はないんだけど。40、50ってなんか中途半端な。まあ一番、体力的にも精神的にも充実してすごくいい時期なんだろうけど、50代になってから、「ああ、こんなだったら早く60になりてえな」って(笑)。60になったらもうちょっと楽、楽じゃないけど、ゆっくりできるのかどうか。全然無理だな、このまんまだったら(笑)。
――でも、今どうですか。周りにもすごく60歳のミュージシャンが増えたじゃないですか。泉谷さんもあがたさんもそうだし。
TOSHI うん、来年すごいよね、みんな。
――永ちゃんもそうですしね。
TOSHI うん、永ちゃんもそうだ。
――逆に何かそういう方々のほうが元気があって。
TOSHI 元気があるね。
――はっきりと主張もできる。
TOSHI うん。
――われわれから見ても、60歳のロッカーとかミュージシャンがいるとやっぱり15歳の時思えてなかったので、あえて45とかになって皆さんがそうなって目標ができるというか。
TOSHI だから、「ああ、こういうバカな大人もいていいんだな」って励みになるんじゃないの?(笑) でも、まあ、なんとなくどうにかなるもんだな(笑)。
――普通のドラムをやる時と、頭脳警察をやる時というのは、感じが違うんですか?
TOSHI でもね、あんまり……まあ本当にスティック持つのと素手でやるのとはまったく違うんだけど、でも、俺のドラムの場合、普通のドラマーみたいにこういうドラムじゃないから。ほとんどパーカッション的なドラムが好きだから。だから、感覚的にはそんなに変わってないんですよ、コンガもドラムをやるのも自分の中ではね。で、ちゃんとしたパーカッションを習ったこともないし、知らないし、まったく独自の、まあドラムもだけど(笑)、我流だからね。
――(カメラマン・吉田)和太鼓とか撮ってるんで、決めポーズというか来る時って大体わかってたんですけど、初めてTOSHIさん撮らせてもらった時はアッと思って。すごい変則な時にガッと来るんですよね。ビックリしたんですけど(笑)。
TOSHI リズムは狂うは、メチャメチャだは(笑)。
――今、TOSHIさんにお聞きしたんですけど、PANTAさんは60歳になられてどうですか。来年これから迎えるにあたって。
PANTA 今が充実してるからいいんじゃないですかねっていう気持ちと、自分が60歳になるなんてという気もね。
TOSHI うん。
PANTA 本当思ってもいなかったけど、もう上の世代がどんどんどんどん還暦迎えてくでしょ? で、還暦のパーティ呼ばれたり。そうなってくる中で、俺たちが還暦になる時って目立たないんだよな(笑)。
TOSHI なんで?
PANTA だってみんなもう還暦終わっちゃってる。
TOSHI ああ、終わってる。
PANTA 最後っ屁だから。いっつもブームの最後っ屁。
TOSHI 来年また多いしね、還暦になるのがな。
PANTA 多いでしょう。
TOSHI 三上寛やらみんなね。
PANTA そうそう。同じ寅年だから、佐渡山豊らと「『トラ・トラ・トラ』を12月8日にやろうぜ」ってさ、「沖縄で」ってさ、「そりゃちょっとヤバいんじゃない?」(笑)。ヤバいだろうけど、でも、12月8日に「トラ・トラ・トラ」というのをコザでやったんですよ。それから寅年ばっかり集めて。だから、本当にミチロウとかね。あれ三上寛は?
TOSHI 寛ちゃんも一緒。
PANTA 上でしょ?
TOSHI ううん、一緒だよ。
PANTA あ、本当。
TOSHI 来年。
PANTA 全然上かと思った。エンケンは上なんだよね。
TOSHI エンケンは上。
PANTA 二つか……
TOSHI うん、三つぐらい。
――64かな。今年、泉谷さんもロードライブをバンバンやってましたっけ。60歳で現役のミュージシャンが日本のロックにいるって想像がつかないとこがあって。
PANTA ねえ。
――今はもう本当、逆に皆さん、60歳で還暦迎えた方のほうがよほど主張も強いし、活動も活発だしと思うんですよね。
PANTA うん。何なんでしょう(笑)。
――本当になんかすごいエネルギーだなと思って。
PANTA うん。そうだね、だって昔さ、俺たちが子供の頃、40歳っておじさんでしょ、もう。立派なおじさんだよね。で、60歳ってじいさんだよね。
TOSHI (笑)
――じいさんでした、本当に。
TOSHI そうよな、今の60歳若いよね。
PANTA 若いよ。
TOSHI みんなね。
PANTA だって、今100歳が3万人でしょ?
TOSHI ああ、NHKでやってるね、なんか。『百歳バンザイ!』とかなんか。
PANTA 現に成人の日っていうのが俺、疑問視してるもんね。今の成人ってさ、30じゃないの? 10歳引き上げるんじゃなくて引き下げるべきじゃないんじゃないの?という。ハタチって成人してないよな。
――してないですね。
PANTA ま、そりゃ例外はいますけどね。いっぱいいますけれども。俺たちの頃の成人つったって、自分が成人したっていう時はどうなんだろう、ねえ。
TOSHI まあ、その当時、酒はなかったしね。タバコは吸ってたけど(笑)。
PANTA (笑)。となると、やっぱり昔は15で元服というのは、どんどんどんどん時代が延びてるのかなあ。というと、それを考えると、今の60って昔で言う40ぐらいの感覚かなあ。
――そうなりますよね。
PANTA 信長の時代だともっと下がって30ぐらいの感覚? 人生50年という、まあ、49で死んだ信長にしてみれば。信長死んだの49だよ(笑)。
TOSHI でも、その頃なんて寿命なんてやっぱり60ぐらいでしょ?
PANTA うん、50、60だね。
TOSHI 50、60ぐらいでしょ、人生ねえ。
PANTA まあ、病気とかいろいろあるしね。だから、もう本当に立派な翁になってなきゃいけないんだよ、本当は(笑)。
TOSHI そりゃ無理だわ。
PANTA 子供たち集めて……
TOSHI このザマだわ(笑)。
PANTA 村の神社の前に集めて……
TOSHI このザマだわ(笑)。
PANTA 「昔はな」つって(笑)。
TOSHI 昔話を語る(笑)。
PANTA そういう年だよ、もう。
TOSHI 今でも、がむしゃら(笑)。人生、暗中模索(笑)。
PANTA その役って今だと80、90歳ですよね。
――そうですね。そうなりますよね。
TOSHI 今でもジタバタしてるって(笑)。
PANTA だって60歳、70歳の人だって、俺たちと同年代もしくは上の世代も、その80、90ぐらいの親を介護してる、面倒見てるわけでしょう? やっぱり時代がそういうふうにさせてんのかなあ。
TOSHI 食い物が悪いのかな(笑)。
PANTA どうなんでしょうねえ。
TOSHI まあ、毒食らってるからな、俺たちは。
PANTA うん。
――そういうお2人から見てですけど、その40年間の歴史の中でポップミュージック、日本のまさにそれこそウエスタンカーニバルから出演しているわけですけど、どうですか。今のロックというかポップミュージックを囲む環境というか、ここから何かが生まれる環境に今あるのかどうか。どう思われますか。
PANTA どうなんでしょう、音楽自体はなくなってはいかないと思うんですけれども、流通形態とかいろいろ変わってきますよね。音楽を囲む状況というのは決してよくないですよね。どっちかというと、経済の動きの中で一番切り捨てられる存在なんだけれども、絶対に消えないですよね、これは。日本の音楽状況が本当に、別に文化を育てようとかそういう気がさらさらないですから、あくまでも、電機会社がハードを売らんがためにレコードを売り出したようなね、まあ、そんなような感じで育ってきましたから、だから、それが一人歩きしてやっぱり昔のテイチク、コロムビアとかね、そういうとこで歌謡曲というのが、戦後のあたりにすごく純粋な歌謡曲が流れてましたよね。やっぱりそこからどんどんどんどん腐敗していく。それをお笑いにしたり、なんかいろいろなっていく。そういうのもいいんですけど、やっぱり時代の変遷と共に、そして例えばアメリカだと、そこからエルヴィスが生まれ、イギリスからビートルズが生まれという、やっぱり世界的に何か変革する動きというのが出てきますよね。
大体が本当に、69、59、79とかやっぱり9がつく年、それの前哨戦として8年というのがあって、大きく変わる年なのかなというふうに自分は思ってる、9というのをね。で、音楽に関しては、俺、別に今のJポップ、Jロックというのを悪いとは思わないんだけど、90年代は90年代でラルク・アン・シエルとか、ミッシェル・ガン・エレファントとか、それなりにいいやつらがいたし、筋肉少女帯みたいなカルトなものもすごく、自分のABCDというポピュラリティのランクでは筋肉少女帯なんかはDなんですが、たまとか一緒にね、でも、Dのポピュラリティでちゃんと成立してるじゃないですか。で、別に海外に出ていく必要もないんだろうけど、例えば台湾とかフィリピンとか上海だとか、そういうとこに進出するグループもあるだろうし、逆に今の日本の現状で言えば、やっぱりアニメとビジュアル系がくっついて、すごく勢いを増してますよね。自分たちがなしえなかった海外の進出というのを彼らがやってるよね。ビジュアル系の連中みんなすごく真面目ですから、ストイックで、それなりに真剣にいろいろ考えてるものだろうと思うんだけど、そういった形でとりあえずサンフランシスコからヨーロッパにかけて、やっぱりビジュアル系がかなりアニメと一緒に進出してますけど、自分たちのあるべき姿というのはやっぱり、あくまでも日本でということでね。
先ほども言った、なぜステッペンウルフだったのかという。ステッペンウルフは「さようなら世界夫人よ」につながるんですけどね、ヘッセで『荒野のおおかみ』という。でも、コピーというのを昔から拒否してた頭脳警察が、今、やはり素晴らしい音楽がいっぱいあるよという、そういうのを知らないでいるのは損だよという、こんな楽しい歌もあったんだよって。あまりに有名過ぎて誰もやらないからやったんですよ。あれも69年ですよ、『イージー・ライダー』は。自分たちはただ好きだったけど、あまりに有名過ぎてやってなかったけど、ああいう曲を、ステッペンウルフを頭脳警察がやるのもシャレで面白いんじゃないかなって、それで1曲目やったんですけど。
























