さて、「パワーストーン」と言われる石たちをご紹介する前に、石たちと人間との関わりを歴史的な視点で振り返ってみましょう。当然のことですが、石たちは人間の誕生よりずっと以前からこの地球上に存在します。地球の誕生はおよそ46億年前、人類の誕生はおよそ500万年前と言われていますから、石たちの歴史のほうが人類の歴史よりはるかに古いのです。したがって、石たちと人間との関わりは、人類の歴史とともにあったと言えますね。

歴史的な記録が残っている紀元前のバビロニアやアッシリア、エルサレム、エジプトなどではすでに、パワーストーンが珍重されていたことが記されています。また、「旧約聖書」のエゼキエル書にも、エデンの園が数々のパワーストーンで満ちあふれていたという記述があります。では、そうした古代の人々が、いったい何故パワーストーンを珍重していたかと言うと、それは「護符」、すなわち「お守り」として身につけていたのです。

石そのものを袋に入れて身につけることから始まって、やがて、石を成形し磨き込み、剣や弓といった戦いの道具にはめ込み、勝利を願ったり、無事を願ったりするようになりました。そしてさらに、指輪、ネックレス、王冠といったアクセサリーへと姿と用途を変えていったのです。ですから、今日、ほとんどの人がデザインや石の好みだけで身につける「ジュエリー」というものも、本来は「護符」、「お守り」にルーツがあるのですよね。

では、「護符」、「お守り」としての「パワーストーン」とは、どんな「石たち」なのでしょうか? これは、最初にお話ししたとおり、心に二つの窓を持ってお付き合いしていただかないと、「親愛なる石たち」の本当の姿が見えてこないのです。私は石たちと出会うとまず、必ず左の手のひらに石を乗せ軽く目を閉じて、石と会話します。つまり、石と心を通わせるようにするのです。

会話が成立したときは、まるで電流が手のひらに流れでもしたかのように、ピリピリとした感覚が手のひらのまん中に走ります。実は石によって、その感覚も様々。チクチクしたりという場合もあります。また、その感覚の強さにも差があり、大変強いこともあれば、微かなことも。でも、ときには何も伝わってこないこともあるのです。この場合は石との会話が成立しなかったと、私は理解しています。

ただ、ピリピリするような感覚は、「気のせいでしょ?」とか「科学的に説明してください」という反論をいただきそうですが、私には気のせいではなく確かな感覚なのです。ただし、残念ながら科学的な説明はできません。でも実際、こうした石の反応を経験している人は多く、この現象は「石の波動とその人の波動が共振している」状態であるという人もいます。私は、この波動の共振という説はとても素直に受け入れられるのです。また、「石との出会いは自然とやって来る」「石が人を選ぶ」と昔から言い伝えられていますが、その言葉には「石にも意志がある」という意味合いが含まれているとも思っています。

あなたが、「石たち」をどこまで「生きもの」として捉えるか否かは別として、私の石たちへのスタンスをご理解いただければと思います。そのうえで、これからの物語りにぜひお付き合いくださいね。

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