●想念による浄化

前回の「共鳴音による浄化」よりさらにあなた自身の精神的集中力が必要な浄化法です。なぜならば、想念ひとつで石の浄化を行うということは、あなたの「気」を石に向かって発し、その「気」のパワーで石を浄化するという高度な技術が必要だからです。いわゆる「気功術」に通じる浄化法のひとつですね。

「気功術」というと、ばかに難しく感じるかもしれませんが、修練を積んだ気功の専門家のように、「気のパワー」で何人もの人を投げ飛ばすといった派手なパフォーマンスは必要ないのですよ。実は、普通の人が知らず知らずのうちに行っている「気の効果」というものがあるのです。たとえば、幼い頃に体のどこかをぶつけたり、ケガなどをして泣いているときに、お母様がしてくださったおまじない。そう、痛いところをさすったり、手をかざしながら、お母様が「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの、飛んでいけ~!」と呪文を唱えたら、たちまち痛みが消えてしまったというご経験、おありでしょう? もしかして、あなたがご自分のお子さんにしてあげているかもしれませんね。

これは、瞬間的にあなた(orお母様)の集中力が高まって、手の平から相手の患部に気が送られ、肉体的な不調和を調和へと浄化した結果です。この不思議なパワーの源は「あなたの瞬間的な集中力」です。そして、この集中力を高めるコツは、相手の痛みを取ってあげようと、純粋にそう思い、何の疑いもなしにそう願うことなのですよね。祈りと同質の純粋さが「精神の集中力」と「気のパワー」を生み出したのです。私には残念ながらこうした「気のパワー」をコンスタントに出すことはできませんが、確かに可能であるという体験は何回もしています。

ですから、あなたも躊躇せず、トライしてみましょう。ただ、あなたの気持ちを集中させるには、その下準備が必要ですよ。冷水を浴びる、お風呂に入って洗いたての服を着る、気持ちの良い音楽を聴く、香をくゆらせる、等々、あなたの体調と好みにしたがって精神を集中させる環境を整えてください。その後で、前回の「共鳴音による浄化」と同様に、目の前の石に語りかけてあげてくださいね。あなたの「気」が石に伝わったとあなたが感じたら、石の浄化は完了です。

・・・・・・・・・

さて、「石の浄化」はそろそろ卒業にしたいのですが、最後にこれまでご紹介してきた「浄化という儀式」の意味を再確認して、その意味するところをご自分のものにしてくださいね。と言うのも、「石の浄化」についてはいろいろな本やインターネットのサイトでも紹介されており、勉強熱心な読者の方は、「使用する水はミネラルウォーターが良いと書かれていましたが……」、「石は塩の中に埋めるという方もいるのですが……」、「太陽光は午前中の光が良いということですが……」、「月の光は満月は避けるようにという人もいますが……」等々、浄化方法のディテールの違いに疑問を持たれると思うのです。いったい、どうしていろいろなディテールの違いがあるのでしょうか? これは「石の浄化」という「儀式の様式」がまだ確立していないからに過ぎません。したがって、どの方法も正しく、選択はあなたの好みや直感で行えば良いのです。

一番重要なのは、いくつもの方法の意味するところを理解することです。水は流水により洗い流す。塩は天然塩の浄化力で清める。光は光のエネルギーでパワーアップする。燻煙は煙の中にネガティブパワーを散逸させる。土は石たちの故郷に帰してリセットする。水晶は水晶の浄化力に委ねる。音は自分の集中力を高めて石との波動を共鳴させる。想念は気の力で浄化する。このことをしっかり頭に置いてくださいね。

なお、それぞれの儀式ですが、そもそも儀式というのは、「目的」を成就させるために考案され純化された所作ないし行動様式です。平たく言いますと、何の所作もなしに想念や精神の集中だけで祈りを成就させることはとても難しいこと。そのために、ある一定の所作を行うことで無意識のうちにも超自然なパワーを得ようと人間が考え出したものなのです。その最もシンプルな形式は、神仏に祈りを捧げるときに、両手の平を合わせる合掌です。

さらに敷衍するならば、「道」と呼ばれる「武術」や「お稽古ごと」は、一連の所作や型を通して、精神的な高みに到達しようとする「儀式」とも言えますね。