チグリス川とユーフラテス川に挟まれた平野部に栄えた文明と言えば? それはメソポタミア文明ですね。でも、「メソポタミア(Mesopotamia)」という言葉は、ギリシア語ではもともと「複数の川の間」という意味だそうですから、質問=答え、という面白い関係です。では、メソポタミアは現在の地図ではどこでしょう? これは中東の地図を見れば一目瞭然、昔のペルシアの一部、現在のイラクに当たります。

何故こんなお話から始めたのか、ご説明しましょう。実はこのメソポタミア文明が栄えていたころの紀元前22世紀から21世紀にかけて、この地を支配していたのがウル王朝。そのお墓からカーネリアンでつくられた首飾りなどが発掘されているのです。カーネリアンがいかに古い時代から人類と共にあったか、よく分かりますね。

Stone_080422その後、西暦622年を紀元元年にアラビア半島を中心に広まったイスラム教でも、この石は護符として神聖視されました。「イマーム」と言われるイスラム教の宗教的指導者は、カーネリアンの指輪を右手の小指にはめていたそうです。中でもジャファルという指導者は「この石を携える者は、願い事が叶えられる」と宣言したそうで、カーネリアンはますます神聖視され、不動のパワーストーンとなったのです。

ヨーロッパの歴史上の人物では、かのナポレオン(1769~1821)がカーネリアンを護符として大切にしていたとのこと。ナポレオンはもともと宝石愛好者としても有名ですが、彼はカーネリアンで八角形の印章をつくり、それを終生手放さなかったと言われています。印章はその後もナポレオン一世の弟ルイの第三子であるナポレオン三世に受け継がれ、三世はその息子、ナポレオン・ウジェニー・ルイに「護符」として大切にするよう遺言したとされています。

一方、ナポレオンの時代を300年遡った1502年には、イタリアの医師、カミロ・レオナルドゥスという人が「宝石の鏡」という著述の中で、次のような話しをしています。カルセドニー(カーネリアン)は「憂鬱を防いだり直したりする」、「この石をロバの毛で結んで身につけると、嵐や不吉な事件から身を守る」といった内容です。この石がいかに時代と地域を超えて珍重されてきたかが分かりますね。

では、なぜカーネリアンがこうも人々を惹きつけてきたのでしょう? 多くの言い伝えを総合的に解釈すると、カーネリアンには、あらゆるものをポジティブに変える強力なパワーがあるようです。中でも注目されるのは、「集中力を高め、やる気を起こさせる」といった気のパワーです。無気力な精神状態に陥っていたり、人生の目標を見失っているときに、この石が身近にやってくると、自分自身のあるべき姿にハッと気づかされ、そこから立ち直る勇気が与えられるというのです。

さらに、カーネリアンには「怒りを静める石」という側面があります。感情的になり、自制心を失ったようなときに、この石はその怒りの原因を解きほぐし、理性的な解決を促すとともに、人間性豊かな対応ができるよう導いてくれるとのこと。もう少しスピリチュアルな次元の効力としては、創造的な能力の促進、生から死への穏やかな移行の助けなどがあるとされています。

私はまだカーネリアンのそうした素晴らしいパワーの恩恵を受けたことはありません。でも、実際に石を手にとって、石からの信号を待っていると、「ピリピリッ、ピリピリッ」という微かな囁きのようなものが伝わってきます。他の石たちがそうであるように、いずれ「ああ、こういうことだったのね」と納得のいく日が必ずやってくるだろうと今から楽しみにしています。