01_3「パワーを下さいっ」

   そう言って、師である柳田泰山先生の手を握り、金澤翔子さん(23)は気合いを入れ直した。向かうのは、床に敷き詰めた人の背丈ほどもある白い紙。彼女はこれから、大筆を動かし、書作を披露する。

固唾をのんで見守る約150人の観客は、この小さな女流書家の作品を見るため、あいにくの悪天候をものともせず、冷たい雨の降りしきる中、会場へ足を運んだのだ。

白い紙の向こう側に控えているのは、師であり母親の金澤泰子さん(65)。翔子さんの意図を瞬時に汲み取り、文字の微細な擦れも滲みも、空洞も、損じることのないよう、片方の手に持った半紙で余分な墨を吸い取っていく。これは揮毫するその書家を知り尽くした者だけが務められる役目なのである。

雨で湿った会場には、翔子さんの息遣いと半紙と筆がこすれる音、そして何人かの乳幼児の泣き声が響いている。

こうして書家が、作品の制作過程を披露することを『席上揮毫』という。

雅号、金澤小蘭

ダウン症の女流書家としていま注目されている翔子さんは全身をふるってリズムをとり、大筆を動かしていく。重厚で力強い線は単なる文字ではなく、躍動的に白い紙の上に浮かび上がり、見る者の心に届き、そして響いていく。

遠方から訪れたのか大きな旅行カバンを提げた家族連れ、ダウン症の子を抱く女性、車椅子で駆けつけた男性まで、実にさまざまな顔ぶれが翔子さんを見守っている。

何度も個展を訪れているという来訪者に話を聞くと、

「じっと見ていると、心が浄化されるような感覚を覚え、

涙が自然に溢れてくるのです」

単なる書の領域を超えた感動がそこにあるという。

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