「去年、『過去最高の経常利益を出せなければ、社長を退任する』と宣言したんですよ。薄型テレビなどが低迷して、2年連続で売り上げが減っていたので背水の陣を敷いたんです。結果は前年の倍になる154億円。おかげで、今年は社長を続けられたのです(笑)」

 

そう話すのは、来年1月16日の創立記念日に社長を引退すると発表したジャパネットたかた社長・高田明氏(66)。長崎県平戸市。市内商店街にある「カメラのたかた」がジャパネット高田の原点だ。今では、旅行客が記念撮影をする人気スポットとなっている。

 

高田氏は三男一女の次男として生まれ、高校まで地元で過ごした。’71年に大阪経済大学を卒業し。京都の機械メーカーに3年在籍。その後、実家の店に入社し、佐世保市内に支店を出した。

 

「観光ホテルの宴会でお客さんを撮影したあと、翌朝にはプリントして届けていた。これが評判になり、何十人もアルバイトを雇って、すごかったですよ」(当時を知る住民)

 

そして’86年、高田氏は独立し、今の会社の前身となる「株式会社たかた」を設立する。当時はわずか4坪の店だったが、’90年にラジオショッピングに進出。翌年には早くも全国放送に乗り出している。

 

九州の小さなカメラ店が北海道にダイレクトで商品を売るという先見の明。その後の業績は右肩上がりで、’94年にテレビショッピング進出。’01年、自社スタジオを開局。’10年には売上高1千759億円に達した。

 

「かねてから後継者が育てば経営を譲ろうと考えていました。次期社長(高田氏の長男・旭人副社長)以下、社員が大きく育ってくれました。一般には世襲と見られるかもしれませんが、彼とは10年間も社内でバトルを繰り返してきました。彼の企画に私が反対して、『それでも』というので認めたら当たったりもしたんです」

 

事実、1日限定で1商品を徹底的に売りまくり、最高益に貢献した「チャレンジデー」は旭人氏の企画である。高田氏は退任後、会長としても、顧問としても残らないと明言している。

 

「でも、あと1年くらいは番組には出演します。感動の伝え方や、商品の紹介法もまだ完成形ではありません。社長のあとの呼び名ですか?『MCあーさん』という案もありましたが、まだ募集中です(笑)」

 

25年に及ぶ“通販人生”を「昔も今も、まったく同じ気持ちで出演しています」と振り返った高田氏。これからもその声に、財布の紐が緩みそうだ。

 

(週刊FLASH12月 16日号)