タイトル『絶歌』。著者は元少年A。11日、そんな衝撃的な手記が書店に並んだ。神戸連続児童殺傷事件から18年。少年Aは何を書いたのか、そして本に書かれなかったこととは。実際に会った人物がAの素顔を明かす。Aは、本当に更生したのか−−。

 

《新しい仕事は前の仕事とはうって変わって肉体労働だった。主な仕事内容は解体工事。(中略)僕はここでも普段からほとんどお金を使わなかった。外出を控え、余計な買い物もしない。頼れるのはお金しかなかった。職場で少しでも変な噂がたてば、確信を持たれる前に退職し、しばらく身を隠して、次の仕事を探すつもりだった。》(『絶歌』より)

 

神戸市で起きた連続児童殺傷事件で「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った加害少年(当時14)は、小学4年の山下彩花ちゃん(当時10)と6年の土師淳くん(当時11)を殺害、ほかにも3人を負傷させ、’97年6月28日に兵庫県警に逮捕された。淳くんの頭部を中学校の校門に置き、新聞社に犯行声明文を送るなど、あまりにも猟奇的な犯行に世間は震撼した。以来「少年A」は彼の代名詞にもなった。

 

医療少年院に入院したAは’04年3月に仮退院したが、その後の生活は公開されず、根拠のない噂だけが飛び交っていた。本書によると、仮退院後、Aは更生保護施設や身元引受人のもとに身を寄せていた。’05年1月の本退院後は、さまざまな職業を転々としながら、住居を移した。正社員として3年以上、溶接工の職に就いたこともあったという。

 

『絶歌』の担当編集を務めた太田出版の落合美砂氏は、出版の裏側を次のように話す。

 

「今年3月、Aが信頼するある人物から、うちの社長に『Aの原稿を見てほしい』という依頼がありました。原稿を一読して驚いた。すごい文章力で、しかもこれはA本人以外、誰も書けない」

 

Aとの打ち合わせは、人目を避けるために、社外に貸し会議室を借りて密かにおこなわれた。毎回、場所を変える徹底ぶりだった。

 

「非常に聡明で、記憶力がいい人物だというのが本人と会った印象です。会って怖いと感じたこともありません。Aは表現に対するこだわりが非常に強い。こちらで原稿を削ったのは、人物描写の部分です。観察眼が非常に優れていて、あまりにも的確に表現するので、その人物が特定できそうだったから。本の構成や文章はほとんど直すところがありませんでした」(同前)

 

『絶歌』という本のタイトルは、A本人が最初から決めていたもの。また、Aはタイトルだけではなく、装丁案も作っていた。事件を連想させる写真をコラージュしたものを示してきたのだ。だが、あまりにも生々しいこの案には出版社側が難色を示した。

 

「この手記を本当に出していいのか、本人に何回も確認しました。本は遺族を傷つけるし、Aの周りの人間を裏切ることになるのではないかと。でもAは『出さないと僕は生きていけないんです』と言っていました」(同前)

 

完成した本を見て、Aは仕上がりを喜んでいたという。11日に発売された手記は、初版10万部を売り尽くす勢い。現段階でも、1千万円を超える印税がAの手元に入る計算となるが、「おそらく遺族への賠償金にあてるのだと思いますが、私たちがそれを強制することはできません」と落合氏。

 

Aも「自分は2億円の賠償金を払わなければいけない身だ」と語っていたというが、事前に出版を被害者遺族に伝えなかったことが大きな波紋を呼んだ。報道で出版を知ったという淳くんの父、守さんは「速やかに同誌を回収するよう申し入れます」と太田出版へ抗議文を出した。

 

被害者の遺族に、自筆の手紙を添えて、本書を送ったA。この本はAの歪んだ自己顕示欲の発露にすぎないのか、それ以外に何か意義が見出せるものなのか。本書を「淳への冒涜的行為」と断じた守さんの言葉をAは重く受け止めてほしい。

 

(週刊FLASH6月30日号)