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「広澤さんは現役時代から違法薬物を使用していました。広澤さんもやっているということが清原の覚醒剤への抵抗を薄めていたと思います。私は2人の覚醒剤の調達役をやっていました。3人で薬物を使ったこともあります」

 

そう話すのは、17日に初公判を迎えた清原和博被告(48歳)の元タニマチで、会社社長の山田大輔氏(仮名・44歳)だ。本誌はこれまで、山田氏の証言をもとに、清原がシャブ漬けになっていく様を報じてきた。じつはその過程で、巨人の大物OBである広澤克実氏(54歳)の存在が大きかったというのである。

 

広澤氏といえば、1985年にドラフト1位でヤクルトに入団。主軸を担ったのちに巨人、阪神と移り306本の本塁打を放った日本を代表するスラッガー。その広澤氏と山田氏が初めて会ったのは、清原が巨人に移籍した年のことだ。

 

「清原と広澤さんの両方を知る人物が、私に紹介してくれた。すぐに意気投合して一緒に飲むようになったんです」(山田氏)

 

3人で違法薬物を初めて使ったのは1997年暮れだった。

 

「3人で銀座のクラブ『S』に繰り出したとき、清原が私にMDMAを出した。隣に広澤さんもいて、2人は私に『飲んでみろ』と言いました。その後、別のクラブに行ったときに、清原と広澤さんが、MDMAを飲む姿を見ました」

 

はたして山田氏の証言は本当なのか。12日、都内の自宅前で広澤氏を直撃すると、山田氏との交友関係を認めつつも、次のように答えた。

 

「彼(山田氏)の羽振りがよかったころはオフに何回か会いましたよ。だれかの紹介で。ゴルフコンペで知り合ったと思いますね。その銀座のクラブ『S』にも行ったことはある。キヨと彼の3人だけじゃなくて、あと何人かで。でも、(違法薬物を)やるわけないですよ」

 

広澤氏は薬物疑惑を否定したが、山田氏は違法薬物だけでなく、覚醒剤も使用していたと話している。広澤氏の覚醒剤使用については、当時銀座のクラブ「S」で働いていた元ホステスも「確かに広澤さんのクスリについては聞いていました」と証言する。だが、広澤氏はこう否定する。

 

「当時は飲むとふざけてはしゃいでいましたので、もしかしたらそういう誤解を受けたんかなあと思います。記憶が飛ぶほど飲むことも何回かあった。だが、クスリはありえないです。心外です。本当に根も葉もない話」

 

広澤氏は最後まで否定し続けた。

 

(週刊FLASH 2016年5月31日号)

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