《皇后さまの素晴らしい人柄がにじむようなお洋服をお作りできるよう、またご公務のお役目にそうような装いを、という思いで、デザイナーとしてのお仕事をさせていただきました》

その言葉からは、美智子さまへの尊敬の念と、デザイナーとしての誇りが強く伝わってくる――。 6月3日、ファッションデザイナー・植田いつ子さんが逝去した、享年85。植田さんは’76年から’12年まで36年にわたり、美智子さまのドレスやスーツを手がけてきた。

 

植田さんは“皇后さまのデザイナー”を退いたのち、闘病を続けながらも、美智子さまのことを思い続けてきたという。半年前にも、美智子さまの着こなしやこだわりなどについて、振り返って語っていた。その植田さんの言葉を、関係者が書きとめていたのが冒頭の一文だ。

 

ほかにも植田さんは、次のような言葉を遺している。

 

《デザイナーを拝命してまもなくのころ、皇后さまが少しためらわれながら、「意外といろいろな姿勢をとることがあるので、そうした動きに無理のないように作ってくださいね」と、おっしゃったことがあります》

 

美智子さまは老人ホームではベッドに身をかがめられ、ときには子供たちと走られることもあった。植田さんはそうした動きをテレビで報じられる映像で研究したという。 “品格と機能性を同時に実現できるように”、それが植田さんの至上課題だった。

 

この3月には、美智子さまの帽子を担当してきた平田暁夫さんも亡くなっている。“ミッチーファッション”を支えてきたデザイナーの相次ぐ逝去に、美智子さまのご傷心はいかばかりだろうか。