image

「あ〜あ、又今日もHRでおこられちゃった。俺ってダメだなあー。(略)たくさんの人が注意してくれるが……(略)。素直に受け入れることができない」

 

いまから約30年前、当時中学1年生だった中居正広(43)は、やるせない悩みを綴っていた――。

 

中居が生まれ育ったのは、相模湾に面した神奈川県の藤沢市。3人兄弟の末っ子で、とても可愛がられていた。

 

小学生時代を知る実家近所の住人は、「正広くんは野球好きで、週末になるといつもユニホームで練習に行ってた。ポジションはサードで打順は1番と言ってたかな。よく家の前でお父さんとキャッチボールしてて“プロ野球選手になるんだ”って話してた」と当時を振り返る。

 

野球漬けの毎日だった中居。中学でも大好きな野球部で活躍することを夢見ていた矢先に、人生初めての挫折を味わう。

 

「小学校6年のときに肘に水が溜まってしまう、いわゆる野球肘で、手術しないと治らないと病院で言われたみたい。それ以来、ボールが投げられなくなった」(小学校の同級生)

 

中学に入学すると、大好きな野球を諦めて当時の担任が顧問をしていたバスケ部に入部。しかし、途中で退部してヤンチャの道へ。

 

「チャリ(自転車)で江の島へ行ったり、他校の生徒とケンカしたり。授業中に学校を抜け出して怒られたりもしていた」(中学の同級生)

 

中学生の中居は授業中の態度が悪く、掃除をサボるなど、先生の言うことを聞かなかった。クラスでも中居のことが議論の的になったほど。

 

学級通信に「中居君への助言」と題して「中居君は怒られても『ニコっ』って笑ってごまかしてばかりいる」などとキツ〜い文言がクラスメイト約50人から綴られたこともあるのだ(笑)。

 

冒頭のコメントはその際の彼のぼやきだったのである。当人としてはつらい経験だったが、同時にクラス全員に注目される大物だったことがうかがえる。

 

中学2年生になると、“芸能人に会いたい”という理由で友達とジャニーズ事務所に履歴書を送る。中居だけが合格した。だが、ワル友たちとの遊びのほうが楽しく、なかなかレッスンに熱が入らない。

 

「お小遣いを貯めてヤンキー風のダボダボのズボンを穿いて先生に没収されたり、週末は不良の友達と深夜までつるんで遊び、翌日はレッスンに通ってた」(当時の遊び仲間)

 

のちのインタビューでは、このころがいちばん楽しかったと語っている。

 

「僕の場合、小学生のときからずっとつき合ってる友だちがいるんですが、彼らとは、年に2回、温泉や海へ旅行に出かけています」(「ポポロ」2008年4月号)

 

地元愛はNo1アイドルとなった今でも変わらない。

(週刊FLASH 2016年2月9日号)

関連タグ: