2012年に起きた『身近な重大事件』の衝撃現場でささやかれる『今』!『場所』には事件の記憶が染みついている。それを抹消したい人もいれば、残そうと努力する人もいる。語られなかった意外な真実がその狭間に見えた——。

大津市内のある中学校の校門脇には『防犯カメラ作動中』の立て看板に加えて、報道関係者の立ち入りを禁じる貼り紙がある。なぜならここは、今年2月24日、中学生の男子生徒がいじめを苦に投身自殺し、その後『大津いじめ』事件として全国に波紋を呼んだ、男子生徒(当時13歳)が通っていた中学校だからだ。

自殺の現場となった、男子生徒が住んでいたマンションの住人に取材を試みる。そこで返ってきた言葉に住人の苦悩がうかがえた。——いつまでそのことで取材するんですか?そっとしておいてください——。男子生徒が倒れていたという広場に痕跡は見当たらないが、そこで遊ぶ子供の姿はなかった。

次に向かったのは、4月29日に高速バス運転手の居眠り事故で7人が死亡した関越自動車道。現場には、事故直後に供えられたペットボトルが野ざらしになっていた。バスが激突したあの防音壁はきれいに修復され、大惨事など忘れたかのように、今ではトラックが高速で通り過ぎている。

現場近くにある観音寺の廣瀬雅敏住職(66)は、事故当日に『ギギィ、ドシャン』という大音響を耳にしてここに駆けつけた。廣瀬住職は、「あの音は一生忘れないよ。バスが宙ぶらりんになっててね。『助けて〜助けて〜』と声が聞こえる。でも何もできなくてね……。それから毎日、四十九日まで現場に拝みに通って、被害者に申し訳ないと『供養塔』を建てました」と話す。7月18日に完成した高さ3メートルの慰霊碑には、いまでも遺族が訪れる。

’12年6月に逮捕された元オウム真理教の菊地直子被告(41)が現在唯一心を開いているのが、相模原市にあった潜伏先の民家の大家の女性だ。女性は拘置所への差し入れと、菊地被告が同居していた高橋寛人元被告(41)と2人で飼っていた金魚の世話を続けている。

「この前、(執行猶予判決が出て釈放された)高橋さんが来て土下座するんです。『ご迷惑をおかけしてすみませんでした』って泣いて謝るから、『いや、いいですよ』って諭してね。洋服類を持ち帰って、年内には貸してある部屋から残りの荷物も全部引き上げますと。あのコと高橋さんは仲がよかったから、いずれあのコが刑期を終えて出てきたら2人は結婚するんじゃないですか」

菊地被告の裁判は’13年。大家の女性はしばらく母親代わりとして彼女を支えてやるつもりだという。

(週刊FLASH 12月24日号)

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