「じつは三津五郎さんには“最後の女性”A子さんがいました。40歳くらいの巨乳美女。三津五郎さんの食事を取り分けたり、なにくれとなくお世話をしていました」(歌舞伎関係者)

 歌舞伎俳優・坂東三津五郎さんが亡くなった。2月25日におこなわれた葬儀では、尾上菊五郎が「君は趣味が多くて『お城が好きだ』『姫路城が好きだ』と言っておりましたが、あなたは本当に、ホステス嬢も好きでした」と弔辞を読んだ。

 三津五郎さんの59年間の太く短い人生は、常に美女に彩られていた。’83年、27歳のときに宝塚歌劇団の男役スターだった寿ひずる(60)と結婚、2女1男を授かった。だが、’97年にフジテレビアナウンサーだった近藤サト(46)との不倫が発覚、寿と離婚する。

 ところが近藤との結婚生活は2年たらずで破局。これに懲りた三津五郎さんは、以降はホステスなど、プロの女性としか遊ばないようになった。奔放な女性関係を謳歌していた三津五郎さんに、再び特定の女性ができたのは、’13年9月にすい臓ガンの摘出手術を受けた後だった。

「観劇にいらした三津五郎さんのかたわらに、和服をきれいに着こなしたA子さんがいました。元キャビンアテンダントだとか聞きましたが、よく気のつく方でしたね」(芸能関係者)

 別の芸能関係者は、次のように話している。

「細身のショートヘアがよく似合う上品な感じの女性でした。三津五郎さんは周囲に『家人です』と紹介していました。控えめな感じの美人でした」

 ’12年12月に親友・勘三郎さんを亡くしたばかりで、自らにも病いが忍び寄った。三津五郎さんの弱った心を支えたのがA子さんだった。しかし、プレイボーイの最後の恋は、実らなかった。

「サトさんとの不倫でいちばん傷ついたのは、3人の子供たち。特に長女はそれ以降、三津五郎さんの女性問題には厳しかった。A子さんともうまくいってなかったようで、長女のいる時間は、彼女は家に来ないようにしていた。昨年の9月にガンの肺への転移が見つかったとき、三津五郎さん自身で、きちんとけじめをつけたのだろう。A子さんが病室に出入りするようなことはなかった。三津五郎さんの看病は、2人の娘と、妹たちが交代でやっていた」(別の歌舞伎関係者)

 寿は三津五郎さんが亡くなる3日前に、病室を訪ね、子供たちとともに写真撮影をしたという。だが女性問題に厳しい子供たちの気持ちをくんで遠慮したのか、寿もサトもA子さんも、葬儀には姿を見せなかった。

 三津五郎さんが愛した女性3人は、それぞれの場所で最後の別れに、手を合わせていたに違いない。

(週刊FLASH 3月17日号)

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