混迷を極めた監督人事も、ようやくバヒド・ハリルホジッチ氏(62)就任で決着した。日本協会の霜田正浩技術委員長(48)は5日、同氏を12日の理事会に推薦すると明らかにした。

 2月3日のアギーレ前監督(56)の解任後、報道では候補に多くの名が挙がった。実際、協会も候補者を出し合い、10名前後から5名程度に絞り込み、交渉にあたった。だが当初、ハリルホジッチ氏の序列は下位だったという。

「本命とみられていた実績のある人物には早々に断わられ、その後は条件面の事情で候補がさらに減っていった。そのなかで残ったのがハリルホジッチだった」(スポーツ紙記者)

 だが、「結果的にはよかった」と記者は続ける。

「選手としては旧ユーゴ代表として’82年W杯を経験。監督としてもパリ・サンジェルマンを筆頭に名門クラブで指揮。コートジボワール、アルジェリアと、代表監督としての経験も豊富だ」

 では、日本協会はどのような経緯で交渉したのか。霜田技術委員長が極秘に日本を離れたのは2月8日。そこに同行したのが、日本人のFIFA公認代理人であるO氏だった。多くのメディアは渡欧と伝えたが、じつは違った。

「まず彼らが向かった先はUAEのドバイ。そこからカタールに渡った。なぜならカタールにはアル・ハライティヤトを指揮するアマル・オシム氏がいるからだ。O氏は元日本代表監督のイビチャ・オシム氏と親交があり、息子のアマル氏とは代理人契約を結ぶほどの仲。0氏がアマル氏に仲介を頼み、フランスでハリルホジッチ氏と接触したようだ」(サッカーライター)

 交渉はスムーズに進んだ。ハリルホジッチ氏がオシム氏を師匠のように慕っていた点も好材料だった。0氏は元商社マンのやり手との評判。本誌は交渉役のO氏に接触を図った。

−−監督招聘に尽力された?

「いや、申し訳ありませんが、お話しできることは何もないです」

−−素晴らしい監督と評判だが?

「いまの時点では何も話せません」

 口は重かったが、交渉役については否定も肯定もせず。やはり、重要な役割を担っていたことは間違いない。

(週刊FLASH3月24日号)

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