『笑っていいとも!』が始まったのは、’8210月4日だった。当時”深夜芸のタモリ”といわれていた男は、いまでは日本のお昼の顔になっている。あれから30年、振りかえってみると、そこにはいろいろなハプニングがあった。

83年、突然ビートたけしが『いいとも』に乱入!何に腹を立てたのか、レギュラーだった田中康夫(現・代議士)をぶっ飛ばした。’91年、片桐はいりが『テレフォンショッキング』を寝坊で遅刻。’03年には”素人”として出演した子供が、自己紹介で所属する子役の事務所の名前を言ってしまい、一瞬番組がパニックになった。

93年秋から半年間の出演ながらも『いいとも』に数々の伝説を残したROLLYは、当時のことをこう振り返る。

「生放送で、『奥さん、お宅のお米、腐ってますよ』って言ったら、苦情電話が殺到して番組を降ろされたっていう伝説を持ってるんです。『今から放送事故を起こす!』って言ったこともありますね。降板が決定的になったのは『テレビの前のよい子のみんな、お前を殺す』って言ったことですかね。ウィキペディアにも書かれていますよ(笑)」

そのほか、故アイルトン・セナは松本人志にだまされて、『オオカミとたわむれるムツゴロウ』のマネを生放送で披露。出演のためアルタにやってきた安田成美が路上でチカンにあい、泣きながら出演したこともある。こうしたアクシデントをすべて飲み込むのが、タモリの度量。安田の事件のときも、生本番で話を聞き出し、番組として成立させつつ安田を慰めた。

そんなタモリにとって唯一の汚点は’92年2月28日、完全な二日酔いでの出演。『テレフォンショッキング』で喜多郎との会話はヘロヘロ。後半のコーナーでは一般参加の幼児に「俺は子供が嫌いなんだ!」とからむ始末。増刊号ではこの日の様子がカットされていた。

30年にわたり毎日生放送の司会をしてきて、自分自身の失態がこれくらいというのは凄いのひと言。でも、もう一度こんなタモリを見てみたい?

 

(週刊FLASH 1016日号)