昔から切っても切れない政治家の”政”と”性”。「英雄色を好む」の言葉どおり、大物ならばそれも……と大らかな時代もあった。政治評論家・有馬晴海氏は語る。

「社会保障がまだ充実していない時代は、女性ひとりで生きていくのが今よりも厳しかった。女性を救うという面もあり、そういう状況のもとで、2号さんや3号さんという愛人がいたのです」

「かつて愛人を囲うのは出世の証みたいな風潮もあった」というのは、政治評論家の小林吉弥氏。そんな小林氏が珍エピソードとして教えてくれたのは、田中角栄の伝説だ。

「クリーンな印象の三木武夫元首相にすら愛人はいました。ただ、その愛人が銀座にクラブを開店させたとき、それを聞きつけた田中角栄が『そりゃ、めでたい』と通い常連になってしまった。そうなると竹下登や小渕恵三など田中派の若手も飲みに来る。いつしかその店は田中派に乗っ取られていたんです。田中と三木の怨恨は知られるところ。政敵の店をまんまと…ですね」

角栄氏には5人の愛人がいたとされる。生まれた子供の多くは認知し、あるいは認知しないまでも生活費は不自由させなかったという。愛人にもマメで、「角さん」の悪口を言う愛人はいなかったそうだ。

しかし時代は変わり、昨今は愛人問題が命取りになることが多い。

「料亭政治からホテルでの会合が多くなり、一般女性を『お持ち帰り』する議員が増えました。芸奴などと違い、そういった女性は口が軽い。金銭面の不満が即、マスコミへの暴露に繋がります。世間の目も厳しく、落選することも多くなった」(小林氏)

(週刊FLASH 10月23日号)

関連タグ: