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(C)2018「海を駆ける」製作委員会

 

主演映画『海を駆ける』が5月26日に公開されるディーン・フジオカ(37)にインタビュー【その2】。本作は、戦争と津波の記憶が残るインドネシアのバンダ・アチェを舞台に、謎の力で奇跡を起こす正体不明の男を描いたファンタジーだ。

 

――映画の撮影地であるインドネシアのバンダ・アチェと、ディーンさんの生まれ故郷である福島は、大地震の発生による津波被害を経験した土地という共通点があります。ディーンさんご自身は、2011年に起きた東日本大震災にどのような思いがありますか?

 

「3.11のときは、ジャカルタでレコーディングをしていたんです。東北で地震があって、津波があって、ということをニュースで知ったんですが、日本に電話しても繋がらなかったりしましたし、“次に日本にいつ帰れるのかな?”“飛行機飛んでいるのかな?”って。周りの人たちも心配してくれて。

 

そのころ、長いこと、日本とあまり縁がない生活をしていましたけど、自分の親や親戚が日本にいて、福島にもいるので、“自分に何ができるかな?”といろいろなことを考えるきっかけになりましたね。

 

それから7年経って、自分自身を取り巻く環境も大きく変わりました。日本をベースに日常的に仕事をするというスタイルになって、しかも今年は、アチェで撮った映画が公開になって。海は繋がっているなぁ、と思いました。

 

2004年に自分が香港にいたときにスマトラ沖大地震があったこともはっきり覚えているんですけど、今回アチェに行ったら、ジャッキー・チェン村(中国が提供した復興住宅団地)みたいなものがあったりして、そこでも“やっぱり海って繋がっているんだなぁ”と思いましたし。

 

自分が点々としてきた当時の思い出と、いま目の前にある景色が繋がっている。感慨深いですよね。

 

それに、第二次世界大戦時、アチェも日本軍の占領下にあったので、いまでも当時の日本軍の基地がのこっているんです。『海を駆ける』のなかでも大事なシーンとして登場しますけど。

 

名字が日本のものなんだけど、日本語をまったく話さないし、見ためもどう考えても日本人じゃない人にも、これまでインドネシアでは日常的に会ってきましたし。そういう人は、話を聞くと、おばあちゃんが日本人だったりして。

 

ほかの国もそうだと思いますが、インドネシアってほかの文化からいろんなものが入ってきて、いまの形になっている。いろんな世界は海で繋がっているということを感じさせる、わかりやすい例なんだと思います」

 

――ディーンさんから見たインドネシアの魅力は?

 

「朝起きて、そのままプールとか海に飛び込んで、濡れたまま朝ごはんを食べて、それで勝手に体が乾いて、ってあの感じがいいですよね(笑)。

 

まあ、毎日そんなことできるわけじゃないけど、やろうと思えばできる環境があるというのは、東南アジアはいいなあと思いますよね。それはやっぱり、華僑の人たちも南下していくわ!と(笑)。

 

だから、ご飯もね、いいとこ取りじゃないですか。中華料理の調理方法とか器具を使って、東南アジアの豊かな食材でつくられた料理って、やっぱりおいしいです。ヨーロッパの一部だった時期もあるから、その歴史もキッチンに文化として残っていますし。

 

イスラム圏だからラムの処理の仕方が上手で、羊の料理もおいしいんです。島国だから魚もたくさんとれるし、もちろん、野菜もフルーツも豊富です。そうやって、ご飯に多様性を見るのも面白いですよね」