なっちがホテルに籠城!?中澤裕子さんが語る今だから明かせるモー娘。(秘)エピソード7

投稿日:2022/11/24 06:00 更新日:2022/11/24 06:00
なっちがホテルに籠城!?中澤裕子さんが語る今だから明かせるモー娘。(秘)エピソード7
現在は福岡県で芸能の仕事を続けながら、2児の母として子育てにいそしむ中澤さん

「今、モーニング娘。のオーディションの応募可能年齢が小学5年生からなんです。このあいだ私の4年生の娘が『私は無理か~』って言っていました(笑)」

 

そう語るのは今年25周年を迎えた「モーニング娘。」の初代リーダー・中澤裕子さん(49)。

 

現在は福岡県在住で地元のテレビ番組に出演するなど芸能の仕事を続けながら、小学4年生と1年生の2児の母として子育てにいそしむ毎日。もし娘さんが今後モーニング娘。オーディションを受けたいと言ったらどうするだろうか。

 

「受けさせませ~ん。娘が後輩になんて、なってほしくない。現役メンバーもやりづらいでしょ(笑)」

 

1997年9月にテレビ東京系の番組『ASAYAN』のオーディション企画で結成された「モーニング娘。」。結成当時の秘話を中澤さんに聞いた。

 

【1】『愛の種』を5日間で5万枚!? 完売がデビューの条件

 

「今考えたらひどい条件ですよね(笑)。その5日間で大阪や福岡にプロモーションに行ったり、『USEN』さんに行って『ポスター貼ってください!』って言って貼ってもらったり。テレビの取材もしていただいたのですが、その取材対応が『ダメだ!』と番組プロデューサーにすごく怒られて。当時24歳の私がいちばん年上で、私以外は全員10代。だから『中澤がしっかりしないと』とダメ出しされました。でも後にそのプロデューサーさんから『中澤、厳しく言ってごめんやったで。あの当時は俺も苦しかった』と言われました。だけど、あのダメ出しがなければ『ちょっと頑張ったら売れるんでしょ』みたいな甘い考えになってしまって、今の私はなかったかもしれません」(中澤さん・以下同)

 

【2】初代リーダーは飯田圭織の可能性もあった!?

 

「結果5万枚完売して、『お疲れさま』ということでスタッフやメンバーとご飯を食べに行きました。そのとき、当時16歳のかおりん(飯田圭織)がかわいいノリで『私、リーダーやりたい! 絶対リーダーやる~』って言いだして。私は『いいよ。やったら』って感じで(笑)。それでみんなとワイワイしゃべっていたら、当時のマネージャーに『これからメジャーデビューしていくうえでまとめ役が必要なのでリーダーはいちばん年上の中澤で』と言われました。もともと私は協調性がなくてリーダーとか苦手なタイプだったので聞いた瞬間は『えーー! リーダーって何するの?』と戸惑ったのが正直なところ」

 

【3】プロデューサーつんく♂からのライブ後のダメ出し

 

「つんく♂さんからライブが終わったあと、必ずダメ出しがあるんですよ。『年齢や活動期間はそれぞれ違うけど、プロとしてやっていくことに関してはみんな一緒やからな』と。『誰々がすごいとかじゃなくてライブのモニター見て自分たちでチェックして、ほかのメンバーのいいところを盗めよ』って感じで。すごく褒めることはないですが、ときどき『今日の誰々のあれはよかった』ってほかのメンバーの名前が出ると悔しかったりして……。私は全然褒められなくて『中澤は表情が怖いからもうちょっと笑えんか?』とよく言われていました(笑)」

 

 


現在は福岡県で芸能の仕事を続けながら、2児の母として子育てにいそしむ中澤さん

 

【4】CD売上数ワーストからの初ミリオン

 

「『ふるさと』という曲を出したとき、初めてのバラード系ということもあったのか、少し売り上げが伸び悩んだんです。そのときに『解散』という言葉がフッと出て。マネージャーが『次、ヒット曲を出せなかったらモーニング娘。ヤバいな』みたいな。それでみんなが自信をなくし始めてグループ内でもギクシャクしました。マネージャーからは『中澤、メンバーをまとめろ』と言われたのですが、私もまとめ方がわからない。そうしたらマネージャーがしばらく口をきいてくれませんでした。そんな状況のなか、次の曲が『LOVEマシーン』。そのタイミングで後藤真希ちゃんが入ってきたんです! いろんなことが重なった時期でしたが、ごっちゃん(後藤)が起爆剤となって『LOVEマシーン』で初めてのミリオンを達成しました」

 

【5】なっちとかおりんが仕事前にホテルで籠城未遂!?

 

「当時、地方出身組は東京でまだホテル住まいでした。そんなある日、仕事に向かう集合時間になっても、同部屋のなっち(安倍なつみ)とかおりんがロビーに下りてこなくて。私とマネージャーで部屋に行ってノック。そしたら中から『やだ! 仕事に行きたくない! おうちに帰る!』って。それを聞いてショックで……。その日はそこから私、ほぼ記憶ないです(笑)。2人の気持ちもわかっていたんですよ。あのコたちは遠い北海道から出てきて、寂しくもなるだろうし、忙しすぎて疲れもするだろうし。でも当時は『仕事に早く行かないと怒られる』が先で(笑)、なんとかなだめて連れ出して、ボイコットは未遂で終わりました」

 

【6】12歳の辻希美加護亜依のメンバー加入で大騒ぎ

 

「あの2人は『怪獣』でしたね(笑)。コンサートが終わって泊まるホテルに行くと、メンバーの人数も多いことでワンフロア貸し切りになるんですよ。そしたらあの2人が廊下を、ダダダダァッて走り回って。そのうち、『お菓子がない!』とか、吉澤(ひとみ)や(石川)梨華ちゃんの部屋に『行きたい!』とか騒ぎだすから、それを私が『うるさい!』って怒る(笑)。また、当時2人は三十路という言葉を知らなかったんですが、マネージャーに教え込まれて、初めてのミュージカルのステージ上で私のところに来て『三十路!』って叫ぶんです。それを私が『何!』って怒ったら、ファンの方が喜んでくださる。でも後に辻ちゃんが30歳になったとき、『あのときは意味もわからず言ってしまって本当にごめんなさい』と謝られました(笑)」

 

【7】マンションの一室に5人で同居時代も!

 

「ドラマ撮影をしているころ、マンションの一室にメンバー5人で共同生活していたんですよ。そのときなっちは通信制の学校の生徒だったので、段ボールを机代わりに勉強していました。で、気づいたら寝てるから、お布団をかけてあげたり。なっちからは『裕ちゃん! 鏡が割れた!』って電話がかかってきて。『とりあえず、ケガするから踏まんときよ。マネージャーさんに電話し』とか。『裕ちゃん! ベランダにハトのフンがいっぱいある! どうしよ?』て言うから『管理人さんに言うか?』とか(笑)」

 

今、実際2児の母になった中澤さんは今後、モーニング娘。にどういった形で関わっていくのだろうか。

 

「OGみんなが集合するときは声をかけていただければ参加します。私、来年50歳になるんですよ。だから全員が健康なうちに、また会いたいです(笑)」

 

【PROFILE】

中澤裕子

歌手、タレント、司会者。モーニング娘。の元メンバーで、初代リーダー。現在は福岡を中心に活動中。2児の母

 

(取材・文:インタビューマン山下)

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