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(写真・神奈川新聞社)

年間約95万人が利用する横浜市の観光スポット周遊バス「あかいくつ」。効率的に名所を巡るコースや100円という低料金が魅力ではあるものの、いかに快適に楽しく乗ってもらえるかは、ガイドを兼任する運転手の腕の見せどころだ。「あっちへこっちへ寄り道、遠回りしてまいります」。移動中も飽きさせないという思いを込めた“名物”運転手の語り口は、優しく、ユーモアに富み、「横浜愛」があふれる。

始発の桜木町駅前。レトロ調の赤い車体のドアが開く。ほどなく30ほどの座席は埋まったが、まだ乗りきれない人も。「皆さまとは運命共同体です。もう少々、お詰め合わせにご協力お願いします」。運転手の児玉三朗(さんろう)さん(44)の声に車内は笑いに包まれた。

ツイッターやブログで「面白い」と取り上げられる、知る人ぞ知る運転手。市民のリピーターも多いという。

ハンドルを切りながら観光ガイドを兼ねる。「左に見える横浜第2合同庁舎はかつての国立生糸検査所。正面玄関には蚕の装飾が施されていて…」。外国人観光客が乗り込めば、独学の中国語や英語を織り交ぜる。

路上駐車が多いと、「障害物競走よろしく、バスは右へ左へ揺れます。しっかりおつかまりください」と機転を利かせる。マリンタワーが見えてくると、生粋のハマっ子の声色に熱がこもる。「シルバー色の装飾がかっこいいと評判です。ただ時々ひどいことを言うお客さまがいるんです。東京スカイツリーのまねをしたんじゃないかって。冗談じゃありません。こっちは50年の歴史があるんですから」。車内にまた笑いが起きた。

横浜市中区生まれ、南区育ち。祖父は日本郵船の乗組員、母親は「はとバス」のガイドだった。自身は24歳で市に入庁し、路線バスの運転手に。横浜の歴史に興味を抱き、文献を読みあさると、30代男性ながら横浜観光親善大使に2年連続で応募、いずれも最終選考で落選した。それを知った当時の上司があかいくつの運転手を勧めたという。

あかいくつの運転手は現在14人で路線バスと兼務している。9年目を迎えた児玉さんのモットーは「バスも一つのアトラクション」。観光地・横浜を遊園地に例えれば、バスはただの移動の足ではない。だからこそ、今も寄席から話術を学ぶ。休暇には、新しい商業施設を巡る。横浜がロケ地のドラマや映画鑑賞は欠かさない。国内外の観光都市を訪れてバス乗務員を研究するのもライフワークだ。

あかいくつが人気の一方、慢性的な道路混雑やバスの遅延、紛らわしいバス停名などハード、ソフト両面の課題も痛感する。「だからこそお客さまが迷わないように創意工夫を重ねるのが使命」。鉄道最寄り駅までのルートや乗り継ぎ経路、地面の凸凹によるバスの揺れまで熟知した注意喚起など、乗客に寄り添ったアナウンスも心掛ける。

約1時間20分の「旅」を終えたバスが桜木町駅前に到着。乗客が「楽しかったです」「素晴らしいアナウンスでした」と笑顔で声を掛けた。「これこそが醍醐味(だいごみ)」と児玉さん。変貌を遂げてきた横浜港の今後にも注目している。「街の歴史と発展をそばで見守りながら、乗客の皆さんと楽しみたい」