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(写真・神奈川新聞社)

 

相模原市緑区の「津久井やまゆり園」で46人が殺傷された事件から3カ月。障害者への一方的な憎悪が引き金となった戦後最悪とされる凶行は、入所者や家族の日常を一変させた。悲惨な事件の背景に潜む偏見や差別への怒り、悲しみ、諦め-。しかし、絶望の中で、改めて気付かされることもある。「どんな障害がある子でも、親にとっては宝物」。長男が入所している男性(74)は訴える。悲しみを乗り越え、普通の生活に戻れる日を願いながら。

 

「息子さんは無事でした」。7月26日、午前5時。園からの電話で長男の無事を確認しつつ、テレビのニュースで死者やけが人が多数出ていると知り、こらえ切れず車を走らせた。

 

壁に飛び散った血痕。血だまりが残るベッド。長男が入所する部屋と同じフロアの惨状に、「どれだけのことが起きたのか」と背筋が凍り付いた。

 

園内に設けられた控室には、家族が続々と駆け付けてきた。「うちの子は大丈夫なんですか」。入所者の安否を知らせる名簿には、名前の横に記号が。○=生存、×=死亡。「犯人を連れてこい」。ある家族は泣き崩れ、怒声が部屋中に響いた。

 

「やまゆり園なら、自分の体調が悪くなったり、いなくなったりしても、永久的に面倒を見てくれる」。そんな思いで長男を預けた施設だった。「きっと多くの家族がそう思っていたはずだよ」。しかし、喜びに満ちていた平穏な日常は、あの日を境に一変した。

 

事件から3カ月。長男の様子に特段の変化はないものの、犠牲になった人たちのことを思うと胸が締め付けられる。「友人2人の子どもは即死だった。息子は軽度の自閉症だから狙われなかったのかもしれない」

 

恒例の納涼祭は中止となり、体育館での生活を強いられた入所者は職員とともに別施設へと移動した。入所者はばらばらになり、地域との交流も薄れた。「もう乱されたくない。普通の生活に戻りたい」

 

県警や県、園は「遺族全員の希望」などを理由に、犠牲者名を明らかにしていない。その是非が問われているが、男性自身も名前の公表には抵抗があるという。「今までいろんな社会の目を感じてきたから、ひっそり暮らしたいと思っているんでしょう」

 

46歳の長男は旅行や外出が大好きで、20代のころはよく1人で自転車に乗って出掛けていた。しかし、出先で自転車を壊されたり脅されて金を奪われたりという出来事も多く、警察から電話が掛かってきたことも1回ではなかった。

 

「障害者を下に見るような、差別的な考えを持っている人に狙われたのだろう。そういう人はどんな時代にもいる。今も昔も」。社会に潜む優生思想に悔しさと諦めをにじませつつ、言葉を継いだ。「障害を抱えていても、親からすればみんなかわいい子ども。存在が生きがいになる。そのことに、いつかみんなが気付いてほしい」

 

■秋空に静かな祈り

「みんなで助け合い、障害がある人たちも暮らしやすい社会になってほしい」。津久井やまゆり園の前に設けられている献花台。3度目の月命日となった26日、近所の40代女性は花を手向けて静かに手を合わせ、犠牲者の冥福を祈った。

 

あの日、県警の捜査車両や関係者が慌ただしく出入りし、大勢の報道陣が取り囲んだ混乱は収束に向かいつつある。周囲に響いていたセミの鳴き声は虫の音色に変わり、ひっそりとした空気が漂っていた。

 

園によると、献花台の撤去時期は未定という。

 

■「憲章」、建て替え決定…スピード重視に賛否。県に「検証を」注文も

相模原殺傷事件を受け、県は「理不尽な事件に屈しない」(黒岩祐治知事)と矢継ぎ早に対策を打ち出した。迅速な対応を評価する声がある一方、丁寧な検討を求める指摘も根強い。

 

「利用者を日常に戻してあげたい」。県は事件発生から2カ月後の9月、施設を60億~80億円かけて建て替えることを決めた。現在地を前提に建て替えか改修に絞って検討し、運営法人と家族会の意向も踏まえて判断。家族会は歓迎のコメントを出した。

 

共生社会を目指すメッセージの発信も早かった。条例より制定にかかる期間の短い「憲章」を選び、今月14日に成立させた。9月に発足した第三者検証委員会は11月に最終報告をまとめる予定だ。知事は18日の会見で「できる限り誠実に、スピード感を持って取り組んだ」と振り返った。

 

だが、県議会では注文が相次ぐ。障害者の暮らす場は「施設から地域へ」という流れができつつあり、県自身がグループホームや一般住宅への移行を進めている。厚生常任委では「多額の金を使い、現在地に(20年前にできた現施設と)同規模の施設を建てることを関係者だけで決めた」「広く県民に意見を聞けばもっとアイデアが出たはず」との指摘も。憲章に対しても「未完成。今後検証し、内容を拡充するべきだ」という意見があった。

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