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(写真・神奈川新聞社)

 

国内初の本格競馬場として知られた旧根岸競馬場(横浜市中区)。この地で活躍した伝説の日本人騎手のひ孫が、百数十年を経たいま、メリーゴーラウンドの製作に心を尽くしている。引き継がれるのは、馬で夢を与える系譜だ。

 

騎手の名は大野市太郎、本名は寺道芳助。1876年、14歳でデビューした。「イチ」のニックネームで親しまれ、数々のレースに勝利。44歳で引退するまで30年の長きにわたって活躍した。馬の博物館(同区)によると、「明治期のわが国一の名騎手と評判が高かった」という。

 

ひ孫に当たる寺道健一朗さん(47)=同区=は「親戚が集まると、曽祖父の話題になることもある。謎に包まれた部分は多いが、みんなの自慢の先祖」と話す。

 

健一朗さんは大学卒業後、舞台製作の会社に入社した。立体ポスターの型を彫塑する仕事に出合い、1999年、30歳で独立。完成に10日以上かかる型もあったが、電車の中づりや商品パッケージなど依頼は次々に舞い込んだ。

 

多忙を極めた40歳の時、体の不調に見舞われた。1週間以上の入院。目まいがし、たびたび周囲がぐるぐる回る不快感に襲われるなか、唐突にひらめく。

 

「そうだ、メリーゴーラウンドを作ろう」

 

独立10周年で新企画を考えていた時期でもあった。「馬も好きだった。知らず知らずのうちに曽祖父に導かれたのかもしれない」と不思議な縁を思う。

 

本業の会社の傍ら、国内では数少ない工房として「メリーゴーラウンド研究所」を設立。強度の確保など3年間の試行錯誤を経て、2012年8月、記念すべき1号機をお披露目した。「乗った子どもたちの表情がぱっと明るくなった。もっと、みんなの笑顔を見たい」。直径3.6メートルの移動式。音楽に合わせて3頭の馬が回る。

 

立体ポスターの仕事が3Dプリンターに取って代わられた時期。次第にメリーゴーラウンド製作に注力するようになった。分解して運ぶことができ、各種催事に貸し出すこともある。「ファッションイベントなどの注文もあり、アレンジする面白さがある。現場では組み立て時間などの制約もあり緊張感がある」

 

住宅展示場、百貨店、ビル54階の広場、砂浜、路上など、さまざまな場所に設置した。イタリアや英国など、海外にも納品。特にクリスマス前は注文が多いという。

 

これまでに7台を手掛け、10万人に及ぶ人たちに夢の時間を提供してきた。現在の作業場は、かつて厩舎(きゅうしゃ)があった場所にある。「時折、思い出す曽祖父のように、これからも夢や希望を与えたい」と情熱を傾ける日は続く。