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(写真・神奈川新聞)

 

県の財政再建に向けた行財政改革に手腕を発揮し、「環境立県」や「市民協働」の礎を築いた元神奈川県知事の岡崎洋(おかざき・ひろし)氏が3月31日午後11時54分、老衰のため藤沢市の高齢者介護施設で死去した。86歳だった。藤沢市出身。自宅は藤沢市内。

 

通夜は4月2日午後6時から、告別式は3日午前11時半から藤沢市大庭3761、藤沢市斎場で。喪主は長男朝夫(ともお)氏。関係者によると、2年ほど前に体調を崩し介護を受けながら施設で暮らしていた。

 

県立湘南高校を経て東大経済学部卒。1954年に大蔵省(現財務省)に入省し、大臣官房審議官や環境事務次官を歴任した。

 

5期20年務めた長洲一二知事の引退を受け、与野党5党の推薦で初出馬した95年4月の知事選で初当選。未曽有の財政危機に直面した98、99年度は緊縮型予算で乗り切り、2000年度に実質収支を黒字転換させた。知事の給与カットや職員削減など徹底した行財政改革を進めた。

 

政府の地方分権改革推進会議委員も務め、地方への税源移譲を主張。臨時特例企業税を導入した。市民団体やNPOの活動推進に向け、全国初の活動拠点「県民活動サポートセンター」を開設、資金面で支援する「ボランタリー活動推進基金21」も創設した。

 

社会の変化を見据え、初の四年制大学・県立保健福祉大(横須賀市)の開設に尽力。「環境立県」を打ち出し、水源環境保全の新税導入にも道筋を付けた。2期8年にわたり、清廉な岡崎県政時代を築いた。

 

知事退任後は、妻と長女が05年に落雷事故で亡くなる不幸もあったが、退官後に設立した財団法人地球・人間環境フォーラムの会長として地球環境問題に取り組んでいた。