「彼女は私だったかもしれない」 追悼の黒に染まった会場に涙 米兵女性殺害追悼・抗議集会
登壇者の米軍被害の体験談に涙を拭いながら聞き入る参加者=2日、北谷町のちゃたんニライセンターカナイホール

 

【北谷】「彼女」は「私」だったかもしれない―。沖縄県北谷町で4月に発生した在沖米海兵隊所属の海軍兵による女性殺害事件を受け、2日に開かれた緊急追悼・抗議集会。被害女性の冥福を祈った参加者らは、事件を人ごとでなく、県民一人一人が自分のこととして考えることの大切さを確認した。

 

「同じ母として胸が締め付けられる」「二度と県民に悲しい思いをさせないでください」。リレートークには、被害女性と同じように子どもを持つ母や、米軍人による事件・事故の被害者らが登壇し、それぞれの思いを語った。

 

参加者は黒い帽子やシャツを身に着けたり、黒いアゲハチョウの色紙を掲げたりしながら、被害女性に黙とうをささげた。事件前にDV被害などを関係機関に訴えていた被害女性。死の無念さや事件現場を目撃した子どもへ思いをはせ、目元をしきりにハンカチで拭う参加者の姿もあった。

 

米兵による交通事故で長男を亡くした米軍人・軍属による事件被害者の会元代表・村上有慶さんは「米兵にそういうことをしたら許さないという気持ちを強く示すことが大事だ」と民事訴訟提起の重要性を強調した。

 

学生の男性(33)=北谷町=は「基地がある限りこういう問題を解決するのは難しい。米軍側の外出などの規制が甘い印象だ」と、リバティー制度緩和などに疑問を呈した。

 

名護市から参加した主婦(31)は「海軍兵に女性への接近禁止命令が出ていたのに、もっと何か防止ができたのではないか」と指摘。母(56)と参加した琉球大大学院の女性(24)は「基地があるからこのような被害があったと思う。私も当事者として考えていきたい」と話した。

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