美勇士、父・桑名さんの離婚に反発し、親父と呼べなかった

投稿日: 2012年10月30日 07:00 JST

10月26日、『セクシャルバイオレットNo.1』などのヒット曲で知られる歌手の桑名正博さん(享年59)が亡くなった。

7月15日午前4時ごろ、大阪市内の自宅でバンドメンバーとのミーティング中に脳幹出血で倒れ、意識不明の状態が続いていたが、10月26日の朝に容体が急変。午前11時44分、ついに力尽きた。必死に看病を続けながら、最後まで桑名さんの回復を祈った息子の美勇士(31)。実は、彼には死の前日に虫の知らせがあったという。

「名古屋でのライブのとき、ふと親父の顔が頭をよぎったんです。歌っているときも、終わって楽屋に戻ってからも、何度も浮かんでくる。家に帰って寝ると家族みんなでいる夢を見ました。きっと、桑名本人が僕に伝えに来ていたんだろうなと思います」

名古屋の自宅で死去の一報を受けた美勇士は、桑名さんの前妻で、自身の母親であるアン・ルイスにすぐさま国際電話をかけた。

「10秒くらい絶句していました。『そうか、残念だね』と一言だけ言い残し、電話を切りました。アンさんは、僕の前では強がる人だから……」

’84年、桑名さんとアンは、美勇士が3歳のときに離婚。彼が『親父』ではなく『桑名さん』、『おふくろ』ではなく『アンさん』と呼ぶ理由のひとつには、「離婚した時点で親失格だと思っているから」という複雑な思いもあったそうだ。彼は父親への思いをこう語る。

「それでも、僕がミュージシャンの道を選んだのは、紛れもなく2人の影響。もともと、サッカー選手になりたかったのですが、途中でプロは無理だと気づいた。そのとき、桑名さんに背中を押されて、音楽を始めたんです。中学1年のときに、桑名さんのライブにゲストで出させてもらうようになりました。チケットに、僕の名前が書いてあるわけです。それで自覚が芽生えて、本気で音楽に取り組むようになりました。これからは、親父本人が残してきた曲を歌い継げたらなと思っています」

幼いころから家族に葛藤を抱き続けた息子は、約28年のときを経て『桑名さん』ではなく『親父』と自然に呼べるようになっていた——。

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