田中宥久子さん がん発覚時に「ホッとした」とこぼしたワケ

投稿日: 2013年03月26日 00:00 JST

“造顔マッサージ”を考案した“美容界のカリスマ”田中宥久子さん(享年67)が、3月19日、肺がんのため亡くなった。
「自宅で突然、亡くなる直前に『息ができない…』と容態が急変したんです。最期は、2人の娘さんと3歳になる男の子のお孫さんに看取られて、本当に安らかな笑顔で旅立たれたそうです」(美容関係者)

 結婚後、2人の娘を出産した田中さんは休職、専業主婦を経験するがやがて離婚。
《「女性は家庭に入るべき」と望んだ彼に対し、私がわがままを通す形で仕事に復帰して、結局は話し合いの末、夫婦であることにピリオドを打ちました》(著書『美の法則』より)
長女は小5、二女が小2、40歳のころの決断だった。

 そんな田中さんにがんが発覚したのは昨秋のこと――。
「基本的に、宥久子先生は“病院嫌い”だったんです。めったなことでは病院に行かないのですが、昨年の夏ぐらいから『食欲がないの。夏バテしたのかな、私?』なんて言って、点滴を打ちに行ったこともあったそうです。診断は末期の肺がんでした。それも“余命半年”だと…。先生はがんと知ったとき『治療は必要だと思うけれど、“田中宥久子”をもうやらなくてもよいのだと思うとホッとした』と口にしていました」(仕事関係者)

 田中さんは実生活で50代、実母の介護を経験。6年前の本誌取材で、こう振り返った。
「母が亡くなるまでの6年間、介護をしました。精神的にも非常に苦しい日々でしたが、このことによって自分の将来が見えて来たような気もしました。自分が経験して思ったのは、私は子供たちに絶対に、世話してほしいとは思いません。ひとりでずっと頑張っていこうと思っているんです」 

シングルマザーとして身を粉にして働き続けて来た田中さんの“人生哲学”。介護の日々のなかで、娘たちに“自分と同じ苦労を味あわせたくない”と、固く心に誓ったのだろう。
「“余命半年”と知らされて、むしろ『ホッとした』というのも、娘さん達に心配や迷惑をかける時間が短くてすむ、というふうに解釈したからではないでしょうか。長生きできたとしても、娘たちに何年も介護させるほうが、宥久子先生には耐えられなかったんだと思います」(美容関係者)

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