佐良直美語る「岩谷時子さんの“言葉へのこだわり”」

投稿日: 2013年11月07日 07:00 JST

『愛の讃歌』『恋の季節』『いいじゃないの幸せならば』など、色あせない名曲の数々を紡ぎ出した名作詞家・岩谷時子さん(享年97)が、10月25日、亡くなった。

 女性作詞家がまだ少なかった時代に次々とヒット曲を誕生させた岩谷さん。その歌詞が皆の心をつかんで離さなかったように、自身も多くの人に愛されていた。

 岩谷さんは大正5年生まれ。神戸女学院時代から宝塚歌劇団の雑誌『歌劇』『宝塚グラフ』に、詞や短文を投稿。それがスタッフの目に留まり、宝塚歌劇団出版部に入社。’50年代、越路吹雪が宝塚を退団して上京すると、岩谷さんも行動を共にした。東宝の文芸部に所属し、越路のマネージャーも兼ねていた当時、渡辺プロダクションの渡邊美佐さん、夫の故・晋さんと出会う。

 岩谷さんは’08年の渡辺音楽文化フォーラムが主催する第1回渡辺晋賞特別賞を受賞したとき、こんなスピーチをしている。

「関西から東京の東宝へ仕事を移りましたとき、東宝の建物が隣同士だったもので、時々あそびに行かせてもらいました。晋さんが『お時ちゃん、お時ちゃん』とからかいながら、いろんなことを教えてくださいました」

 そんな縁から、岩谷さんは作曲家の宮川秦さんと2人で、当時渡辺プロダクションに所属していたザ・ピーナッツの歌を毎月1曲ずつ作ることになり、『ふりむかないで』『恋のバカンス』を大ヒットさせる。『ウナ・セラ・ディ東京』(’64年)では女性として初めて日本レコード大賞作詞賞を受賞。’65年、加山雄三の『君といつまでも』も大ヒットを記録した。

 一方で、外国の訳詞でも岩谷さんの才能は発揮された。越路吹雪がラジオ番組で歌うシャンソンの訳詞を担当。『愛の讃歌』や『サン・トワ・マミー』が生まれる。越路吹雪をスターダムに押し上げたのは、岩谷さんの力が大きかった。

 ’69年に、岩谷さん作詞、いずみたくさん作曲の『いいじゃないの幸せならば』で日本レコード大賞に輝いた、歌手の佐良直美は、岩谷さんの思い出を次のように語る。

「15〜16年前のことでしょうか。偶然『越路吹雪』という日本酒を見つけて、すぐに岩谷先生に贈ったんです。お礼のご連絡をいただいたとき『この前、電車に乗っていたら女子高生がオレだのオマエだの言っているのよ』って、嘆いていました。言葉を大切にしてきた先生はショックを受けたんだと思います。先生は『わたし』ではなく『あたし』と表現するんです。じっさい歌ってみると、『あたし』のほうが女性を表現する“甘さ”が伝わるんですね」

 言葉の力を信じ、誰よりも真摯に向き合った岩谷さん。心よりご冥福をお祈りいたしますーー。

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