ものまねタレント岩本恭生が語る亡き妻との“涙の別れ悲話”

投稿日: 2014年03月02日 07:00 JST

 布施明、沢田研二、和田アキ子らのものまねで人気のタレント・岩本恭生さん(61)。その妻で、6年間、札幌市内の自宅で闘病生活を続けていた恵美さんが、誤嚥性の肺炎で亡くなったのは2月9日。52歳の若さだった。仕事で東京にいた岩本さんへ、長女からの訃報だった。

「彼女が使っていた化粧ポーチなんかも、そのまま家に置いてあります。何もかもが、いつもどおりの生活だったのに、彼女だけが誰にも何も言わずに、突然いなくなってしまうなんて……。東京から札幌に戻ってきて、夕方6時過ぎに斎場で妻に会ったとき、僕は泣き崩れました」(岩本さん・以下同)

 恵美さんに脳腫瘍が発見されたのは’08年6月。1カ月後に摘出手術を行ったが、腫瘍を全部取り除くことができなかったうえに、体には深刻な麻痺も残った。左目は極端な斜視となり、嚥下障害でご飯も水も飲み込むことができず、喉から管を入れて点滴で栄養を摂取するしかなかった。

「斎場の布団に横たわった妻は、麻痺もなくなって、とてもきれいな顔に戻っていました。この数年は、ひきつった口にはマスクを、そして斜視になった左目にはアイパッチをして隠していましたからね。納棺のときには、妻の妹や同級生たちが、みんなでお化粧してくれました。6年ぶりにお化粧してもらった顔を見て僕は……」

 そこで岩本さんが言葉をのみ込むと、サングラスの奥の瞳から涙がスーッと流れ落ちた。

「……男って、女の人にきれいになってもらうためにプレゼントしたりするでしょ。でも僕は、この6年間、彼女にそういうことを何もしてあげられなかったんです。彼女が亡くなった後も、僕は化粧をしてあげることもできなかったから。とにかく妻には、いちばんきれいになって旅立ってもらいたかったんです」

 岩本さんも恵美さんも札幌出身。出会ったのは東京だったが、同郷ということで意気投合したという。恵美さんは3年ほど前から、リハビリに挑戦するようになり、札幌に移住してからも続いていた。

「妻は自分の目で食材を選びたがりましたので、週に1回は私が車いすを押してスーパーに行っていました。妻は自分では料理を食べることはできませんでしたが、家族に『おいしい』と言ってもらえるのが励みになっていたようです。味見もできませんから、子供たちに味見してもらっていました」

 恵美さんは、亡くなる前日も、食事を作っていたという。

「食べることも、飲むことも、化粧することも、好きな服を着ることもできず……。『ふつうの女性だったら何回も、自殺を考えているんじゃないか』。本人もそう言っていたことがありますが、きっと本音だったのではないでしょうか。そんな彼女の生きる糧になっていたのが、子供たちの成長でした」

 長女・麗奈さん(15)、長男・黎音くん(13)。恵美さんの告別式の翌日に麗奈さんは高校を受験し、見事合格した。

「いちばん大変な時期に、大変なことになってしまったのに、子供たちのほうが、僕を支えてくれるんですよ。もし、彼らがいなかったら、僕はもうダメだったでしょう。昨年の8月、日本テレビの『24時間テレビ』に家族で出演するため、4人で東京に行ったのが、最後の家族旅行になってしまいました。もっと、いろいろなところに連れて行ってあげたかったな。それも心残りですね」

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