有村架純 血まみれでも平然…天使の笑顔に秘めたド根性時代

投稿日: 2014年05月18日 07:00 JST

 一躍ブレイクNo.1女優の座に躍り出た有村架純(21)。昨年、NHK朝ドラ『あまちゃん』に出演し注目を集め、今クールは『MOZU』(TBS系)と『弱くても勝てます~青志先生とへっぽこ高校球児の野望~』(日本テレビ系)の2本に出演。若手としては異例の活躍を見せている。そんな有村の原動力を追うべく故郷・兵庫県伊丹市に向かうと、建坪10坪ほどの2階建て一軒家が。ここで、彼女は両親と3歳上の姉の4人で暮らしていたという。

「架純ちゃんは活発な女の子でね。お姉ちゃんも可愛いくて、美人姉妹と評判でした。お母さんも北川景子似のべっぴんさんで、髪型は“聖子ちゃんカット”。品のいい感じの女性でした。夫婦共働きで、お母さんは朝になるとビシッとしたスーツ姿で出勤。でも家庭のことも疎かにせず、夕方には戻って子どもたちのご飯を作ったりしていました」(近所の人)

 だが有村が中1のときに転機が訪れる。両親が離婚し、有村と姉は母親に引き取られることとなったのだ。母親は働きながら女手ひとつで2人の娘を養っていたが、経済的な理由から自宅を手放すことに。一家は近くにある賃貸マンションへと移ったという。決して豊かではなかった母子生活。そんななかで、有村は中学3年生のときに女優を志した。

「お母さんを助けたいと思ったのかもしれません。お姉ちゃんも関西でモデルをしていて、お母さんも芸能界入りを応援してくれたみたいです。中学時代はテニス部に所属していましたが、友だちとダンスチームも結成。でもお金のかかるダンス教室に通うのではなく、市役所が無料で開放しているスペースで夜遅くまで練習していました」(同年代の友人)

 芸能事務所に応募書類を送りながら、トレーニングやレッスンにも参加していた有村。そのいっぽうで上京のための資金作りにも奔走。高校1年生から週6日でアルバイトを始めた。当時、勤めていたそば店の店主は、彼女の印象をこう語る。

「平日は学校が終わってから4時間、休日は朝から10時間。時給は1千円で週3日働いてくれました。すし店でも週3回掛け持ちしていたそうです。彼女は仕事を休みませんでした。血まみれになっても出勤してきたことがあって、どうしたのかと聞くと『自転車で転んだだけです。へへへ……大丈夫ですよ』と笑って働こうとする。でも膝から下が真っ赤に染まっているので、さすがに強制的に帰したこともありました」

 バイトの掛け持ち先のすし店でも、「風邪をひいて高熱があっても、平気な顔で働いていた」という逸話が。そうして上京資金を貯め、彼女はついに芸能界デビューを果たしたのだ。成功の陰には、おっとりとした外見からは想像もできない“ド根性”があった――。

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