沙也加「毎日カップやきそばの時期も」聖子の呪縛を逃れるまで

投稿日: 2014年08月29日 07:00 JST

『アナと雪の女王』で、日本語版のアナの声を務めたことは、神田沙也加(27)の人生を変える仕事になった。彼女の名を忘れかけていた世間は「あんなに歌がうまいのか」と驚いた。偉大すぎる母親・松田聖子(52)を持つゆえに、「パッしない二世」だった沙也加は、どうやって母の呪縛から逃れたのか。

 ’01年、中3の春にSAYAKAの名でデビューしたとき、彼女はまさに「親の七光り」だった。’02年のCDデビュー曲『ever since』は20万枚売れたが、プロモーションに10億円かかったといわれるわりにはあまり大成しなかった。娘にとって母の操り人形でいることは楽しくなかった。デビューがうまくいかないと、母は留学を勧めた。

「当時、聖子さんは娘の人生を仕切り直そうと、卒業後は米バークリー音楽学園に留学させたがっていた。反抗した沙也加さんはこのまま日本で仕事をしたいと、自らミュージカルのオーディションを受けに行った」(芸能関係者)

 それが宮本亜門演出の『INTO THE WOOD』(’04年)だった。宮本亜門には「あなたはあなたでいいんだ」と言われたという。奇しくも『アナと雪の女王』と同じメッセージを、沙也加は10年前にもらっていた。

 高校を卒業するとひとり暮らしを始め、12歳年上の離婚歴のあるギタリストと交際した。心配した聖子と大ゲンカし、近隣住民から警察を呼ばれた、との報道もあった。沙也加が出した結論は休養だった。’05年から1年半休んで、ニューヨークやロンドンで舞台を観て学んだ。

「活動休止中に出した結論が、母・松田聖子とは違う道を歩むということでした。以後、彼女はミュージカルや舞台を中心に活動していきます」(芸能ジャーナリスト・二田一比古)

 勝手な休養に聖子は激怒した。

「給料を凍結して月20万円の生活費を渡さず、沙也加は毎日カップ焼きそばで過ごした時期もあった。それでも、宮本亜門と出会った感激が、舞台の勉強を選ばせた」(前出の芸能関係者)

 ’06年12月、舞台『紫式部ものがたり』で復帰。母が決めた芸名”SAYAKA”ではなく、本名の“神田沙也加”を名乗った。主役を演じることは少なくなり、メディアに出る機会は減ったが、沙也加は実力を蓄えていた。娘が自立したいま、母は何を思うのか。歌手・聖子の生みの親・音楽プロデューサーの酒井政利氏が代弁する。

「デビューしたころ、沙也加さんは聖子さんに似ていると言われていましたが、私は(父親)神田正輝さん(63)のお母さまで女優だった故・旭輝子さんにそっくりだと思います。沙也加さんには、舞台女優の血が受け継がれているんです。でも、沙也加さんの大ブレイクに内心、聖子さんは穏やかではないと思います。自分がプロデュースしてのことなら手放しで喜んでいるでしょうけど、娘が親離れしてつかんだ成功ですから。聖子さんの性格からすれば『私も負けられない』というライバル心があると思います」

 ”ライバル”となった母・聖子を超えたとき、沙也加は本当に大空を羽ばたく――

(週刊FLASH9月9日号)

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