菅原彩加さん祖父明かす「震災体験を語るのはこれで最後」

投稿日: 2015年03月18日 08:00 JST

《津波 母残し…泣いた日々》(読売新聞)、《動けぬ母に最後の言葉》(朝日新聞)。3月12日、主要新聞の朝刊一面を19歳の少女の写真が飾った。前日に千代田区・国立劇場で開催された東日本大震災追悼式で、宮城県遺族代表としてスピーチした菅原彩加さんの記事だ。

「足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、かき分けてみると釘や木が刺さり足は折れ変わり果てた母の姿がありました。(中略)母のことを助けたいけれど、ここに居たら私も流されて死んでしまう。『行かないで』という母に私は『ありがとう、大好きだよ』と伝え、近くにあった小学校へと泳いで渡り、一夜を明かしました……」

 切々と読み上げられる彼女の衝撃的な体験は、とかく4年前の悲劇を忘れがちだった多くの国民にも、あの日の“地獄絵図”をまざまざと思い出させた。11年5月、菅原さんは仙台育英学園高校に進学。当時の担任教師だった石山かおりさんは、こう語る。

「震災直前の2月、菅原さんが新入生説明会にお母さんと一緒に来ました。お母さんと笑いながら話していた姿をよく覚えています。とても仲が良さそうな親子だったのに、震災であのようなことになってしまって……。『今でもお母さんのことを思い出して、時々泣いてしまう』など、胸の苦しみを語ってくれることもありました」

 菅原さんは日本だけではなく、海外でも被災体験を語るようになった。その数は世界7都市で50回にも及ぶという。「人生は短いんだから、いろんな人に会ってほしい」という亡き母の生前の言葉が、背中を押してくれた。さらに前向きに生きるためにスイス留学にも旅立った。生き残った唯一の家族である祖父に、話を聞いた。

「私にとっても、大震災で3人もの肉親を失った体験はあまりにも過酷でした。それは当時中学3年生だった彩加にとってはなおさらのことだったと思います。実は彼女は震災体験を語ることは、(11日の)追悼式典のスピーチで最後にしたいと考えているんです。彩加は4月から東京の大学に進学します。そこで一区切りつけるようです。将来何をしていくかは彼女自身が決めていくことですが、強く生きていってほしいと願っています……」

【関連記事】

震災→戦争→原発事故を生き延びた「100歳×101歳夫婦」の絆

『あまちゃん』音楽家・大友良英が語る故郷福島への思い
虐殺、震災を経験“ルワンダの福島県人”の復興活動

この記事が気に入ったら
いいね!/ フォロ− しよう

WEB女性自身の最新の情報をお届けします。

【注目アイテム】
「メスを使わない美容整形」コルギのパワーを自宅で!!
ジェニファー・ロペス、カイリー・ミノーグが「約20歳年下彼氏」を手に入れたワケ!
45歳、奇跡の美乳・原志保さんのボディを作るヒミツのグッズ公開!!
着るだけで、エステの効果がインナーに!!
可愛い47歳! 元CA佐藤亮子さんの大人気トラベルブランド

コラム・連載

もっと見る

女性自身チャンネル

もっと見る

“好感度1位”俳優パク・ボゴム 謙虚すぎる受け答えにウットリ2017.12.05

最旬スターのインタビューをお届けするK☆STAR LOVERS。今回のゲストは、今、韓国で最も愛される俳優のパク・ボゴム(24)。'16年に韓国で放送され、最高視聴率25.3%を記録した時代劇『雲が描...


ランキング