桂由美、演劇か洋裁か迷った 少女時代の人生の選択

投稿日: 2015年04月19日 07:00 JST

「私は共立女子中学・高校・大学と10年通っているんですけど、高校時代は授業が終わるとすぐに学校内にある講堂に駆け込んでいました。毎日毎日、そこでドラマの脚本を書いていたんです」

 そう語るのは、隔週連載『中山秀征の語り合いたい人』第37回のゲスト、ブライダル・ファッションデザイナーの桂由美さん。日本初のブライダル専門店を赤坂にオープンした’64年暮れから50年。女性が最も美しく輝く日を演出し続けてきたパイオニアだ。冒険心にあふれた半生を振り返る、2人のぶっちゃけトーク、スタートです。

中山「演劇をやられていたんですか?」

桂「高校を卒業するときには、『文学座附属演劇研究所第1期生募集』という広告を見て、急いで試験を受けに行ったほどです。親には秘密にしていたのですが、合格通知が家に届いてしまい、母が真っ赤な顔をして『そこに座りなさい!』と。母がやっている洋裁学校を継がせるために共立へ入れたのに、どういうことかと怒られました。でも、母がいちばん恐れたのは、私が『家を継がない、共立をやめる』と言いだすことなので、1年だけ、文学座にも通えることになりました。しばらくすると同級生たちからは、ミス・ハーフと呼ばれるようになって(笑)」

中山「両立生活が始まったわけですね。どちらも半分だからミス・ハーフ。文学座ではどんなことをされたんですか?」

桂「演劇の歴史や演劇論など。卒業公演ではグループごとにお芝居をしますが、私のグループのリーダーは芥川比呂志さんだったんです。母が芥川さんとお話がしたいとやってきて、事情を伝えて娘が演劇に向いているか尋ねたんですね。すると、『これから新劇の世界に必要なのは知性』だと、私にまず大学を卒業するようにとおっしゃったんです。母に同じことを言われたら反発しますが、芥川さんに言われたら……」

中山「間違いないと」

桂「そうです。それで救われた面もありました。ルックスに自信がなかったので女優さんになる気はなくて、石井ふく子さんのようなプロデューサーになりたかったんです。でも、日本全国から多士済々集まっている文学座で、自分の才能はこんなもんだというのを嫌というほど悟りましたから。学生演劇で友人や父兄に褒められて、少し調子に乗っていたんですね(笑)」

中山「その道で続けていたら、『渡る世間は鬼ばかり』のような作品をやられていたかもしれないんですね」

桂「そもそも、なぜ私が演劇を始めたかというと、母が洋裁学校を経営していましたが私は不器用で、先生方に『後を継ぐのに、こんなことでどうするの』と、ことごとく母と比べられていました。先生方のひと言は不用意に子供を傷つけますし、それがグサッと刺さって一生を決めることもある。当時は、私の才能なんて誰も見てくれない、私には私の才能があるんだから、と演劇の世界にのめり込んでいきました」

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