レギュラー8本!サンドウィッチマン生んだラグビー部の“お笑い猛特訓”

投稿日: 2015年10月23日 06:00 JST

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「お笑いを学んだといったら高校時代、ラグビー部の部室での会話で鍛えられましたね。怖いけどすごく面白い先輩がいて、その人を笑わせたい一心で、富澤と僕が頑張っていましたから」

 

かつて本誌にそう語っていたサンドウィッチマン・伊達みきお(41)。伊達と富澤たけし(41)は、仙台商業高校時代にラグビー部で知り合った。そこで出会ったのが「怖いけど面白い先輩」、芳賀史明(はがふみあき)さんだ。

 

「僕は2人の1歳上。僕たちのラグビー部は強くなかったけど、代わりに面白いことをやらせていた。僕を笑わせた順に帰れるというルール。伊達はものまねが上手で、すぐ抜けてたね。富澤は作家タイプ。伊達に振った無理難題を富澤が考えて返す。当時からいいコンビでしたね。隣の女子校に『トライだ』と言って突入したり、冷たい川で泳いだり、練習場の隣の池に『人面魚がいる』と噂があって、竹槍を作って見に行ったり、そんなバカばかりをさせていました。男子校のノリです」

 

高校卒業後に富澤はお笑い芸人を目指し、別の人とコンビを組む。一方、伊達は父の紹介で介護用品メーカーに勤務していた。仙台時代の恩人で、地元のタレントとして活躍するワッキー貝山さん(45)が言う。

 

「'96年に仙台のテレビ局で富澤を初め見たけど、ねちっこい漫才がよかった。そのとき、ずっと口説いている相手と聞いていたのが伊達だった。そして2年後、サンドを結成して上京することに。その挨拶で『もしダメだったら、仙台に戻ってローカルタレントをやります』などと言うんです」

 

しかし、上京後は苦難の連続だった。1LDK、家賃6万8,000円の部屋に、2人で暮らす生活が9年続いた。

 

「『兄さん、話があります』と言うので、東京に行くと『もうやめます。潮時です』と富澤が切り出しました。酒を飲めない彼らの部屋には、足の踏み場がないほどコーラの缶が転がり、テレビには後輩芸人が映っていた。その夜は彼らが用意してくれたティッシュ箱を枕に、3人で川の字になって寝た。あの光景は忘れられない」(貝山さん)

 

M-1で優勝したのはまさにその年のこと。高校時代から笑いに厳しかった「芳賀先輩」は、東京までM-1の予選を観に行き、2人の背中を押した。'07年、彼らの人生は一変した。

 

'11年に起きた東日本大震災。「東北魂」のTシャツを着て復興をアピールする姿が地元の共感を呼んだ。『サンドのぼんやり〜ぬTV』(東北放送)の川村和弘プロデューサーがこんな話を。

 

「3.11のときはこの番組の気仙沼ロケで地震に遭遇しました。『偶然ではなく運命だ』と2人は言っています。いまでもロケで復興商店街などに行きますが、必ず海産物や工芸品などをたくさん買い物して帰りますね。被災者の方はサンドさんに『いつもありがとう』と言っています」

 

忙しくても、いたずら心は忘れない。

 

「伊達さんは何かにつけ、スタッフの髪を坊主にしたがるんです。ロケの途中でも構わずに(笑)」(川村さん)

 

見た目は怖いけど憎めない――そんな2人の芸風は高校時代のラグビー部部室から生まれ、いまに引き継がれている。

 

(週刊FLASH11月3日号)

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