テリー伊藤が語る懐かしき“お色気番組”の時代

投稿日: 2015年12月11日 06:00 JST

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「『たこ八郎に東大生の血を輸血したらIQは高くなるか?』とか『1万匹のヘビがいるプールで稲川淳二を泳がせる』とかメチャクチャなことばかりやっていた当時について『なぜテリーさんは、あんなことをやってヒット番組を作れたんですか?』とよく聞かれる。今考えると、テレビ局じゃなくて制作会社にいたのがよかったんじゃないか」

 

そう語るのは、大学卒業後「IVSテレビ制作」に入社し、数々のヒット番組を手がけた天才ディレクター・テリー伊藤氏。テリー氏がテレビの世界に入った1970年代は制作会社が出来始めたばかりのころで、試行錯誤の中からいろいろなものが生まれた。テリー氏が駆け出しディレクターだった時代、テレビ東京(当時東京12チャンネル)の日曜夜8時台に『日曜ビッグスペシャル』という2時間枠があった。この時間帯は大河ドラマ、巨人戦のナイターなど大人気番組がズラリと並んでいた。

 

「それに対してテレ東『何をやってもいいから20%とれ!』というチャレンジ精神に燃えていた。私たちは『よし、やってやろう!』と意気込んだが、なにせ予算がない。しかも、テレビ局と違って制作会社の私たちには、大手の芸能事務所が人気タレントを出してくれない。そうなると、だれが出ても面白くなる企画を考えなければいけないし、スタジオ代も高いからロケに出かけて撮影しなければいけない」

 

そういう制約のある状況でアイデアを捻り出して作ったのが「いじわる大作戦」などの企画だった。

 

「ゲーテの臨終の言葉『もっと光を』をモチーフに『人間は死ぬ寸前に何と言うのか?』という実験をするために、売れっ子になる前のタモリさんをロープで吊るしたら『ハサミをよこせ!』と言ったこともあった。『下痢止めと下剤を同時に飲んだらどっちが勝つか?』とか、ヨネスケさんの尻に花を挿して『人間生け花』とか。当時でさえ怒られるような企画ばかりやったのは、金も組織も人脈も乏しい苦肉の策だった。ロケにしても今のようにカメラが何台もあるわけではなく1台だけ。それまでカメラの存在感を消して撮るのが常識だったが、1台だから一発で勝負するしかない。マイクを持ったレポーターに『カメラさん、こっちこっち』と誘導させて撮った」

 

当時、それを観た大島渚監督が『面白い演出をするね』と評価してくれた。

 

「そこからどうやって『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』というメジャー番組につなげたんですか?と聞かれるが、前段は日テレの伝説的なハチャメチャ番組『テレビに出たいやつみんな来い!!』という素人参加番組を演出したことだ。司会は売れっ子になりだしたビートたけしさん。尻を出したり、サソリを食ったり、危なくて下品で放送できないようなネタや人間が大集合して、たけしさんも私も大喜びだったが、ゴールデンタイムにこんなぶっ飛びすぎた番組が定着するわけがない」

 

わずか10回で打ち切りとなったが、そのなかのコーナーが『元気が出るテレビ』の原型になった。

 

「『昔はコンプライアンスもなくて何でもできたが、今のテレビは制約が多いから面白いものができない』という声を聞くが、私は逆に制約があるからこそできたと思っている。どんなに時代が変わっても、テレビはまだまだ面白いコンテンツを生み出せるはずだ」

 

(FLASH 2015年12月22日号)

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