中村獅童 葛藤の時代「『ピンポン』で自分を出せるように」

投稿日: 2016年04月24日 06:00 JST

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「30歳手前になって、若者でもない、おじさんでもない、中途半端な時期に入っていく中で、現代劇に挑戦するのは最後のチャンスかもしれないと思い行ったオーディションが映画『ピンポン』でした」

 

そう語るのは、隔週連載『中山秀征の語り合いたい人』第60回のゲスト・歌舞伎役者の中村獅童さん(43)。大のロック好きで知られ、近年は、テレビドラマ、映画と幅広く活躍してきた経験を生かし、新作歌舞伎にも挑戦。昨年公演された『あらしのよるに』は大盛況のうちに幕を閉じた。そんな彼の原動力は幼いころからの反骨精神だったようです。

 

中山「『ピンポン』の役柄は、自分のすべてを出し切るようなエネルギーを感じました」

 

獅童「当時の中村獅童の思いと、役の持っている思いがうまいことリンクしたんでしょうね。そういう役に一生涯のうちに何回会えるかもわからないですし、そればかりでもいけないでしょうし。ただ、それまで歌舞伎界の人たちは『獅童ちゃんの声聞いたことない』という方が多かったんです。その反動でロックとかやって、学校では落ち着きのない、人の話も聞かない生徒で。先生たちには嫌われるし暴れん坊だったんだけども、歌舞伎の中に行くと行儀よくしないといけないなと、静かにしていて」

 

中山「歌舞伎の中に自分の居場所を探すのが難しいと思っていたんでしょうか」

 

獅童「そうですね。だから2つの顔を持っていたのかな。自分を出せるようになったのが『ピンポン』からだと思います」

 

中山「歌舞伎界でも、認識されていくように?」

 

獅童「歌舞伎のお客様も『獅童さんってこんな人だったの?』と思われたようです。それまでの僕は『おとなしい』『役がつかなくてかわいそう』という存在でしたから」

 

中山「ということは、学校やバンドの仲間を歌舞伎に呼ぶようなこともなかった?」

 

獅童「まったく誘わなかったです。友達に『歌舞伎役者』って言われるのがものすごくイヤでしたね。学校では普通でいたかった。歌舞伎のときは歌舞伎、学校のときは学校って、完全に分けていました」

 

中山「そこには、お父さんがいない、というところでの苦労もあったと思うのですが」

 

獅童「そうですね。ただ、あるときをきっかけに(十八代目中村)勘三郎さんがかわいがってくださって、自分の子供のように叱っていただき、作品にも抜擢してくださいました。『ピンポン』が決まったときは泣いて喜んでくださって、初日に一般のお客様に交じって見てくれたんですよ」

 

中山「勘三郎さんは獅童さんのどこに目をつけたのでしょう」

 

獅童「群衆の役をやっているときに一生懸命、気持ちを込めてというか、何としてもここから抜け出して上に登っていきたいっていう思いをわかってくださったのか、稽古場で呼ばれたんですよ。怒られるのかと思ったら『君はとてもいいよ』『一生懸命やりなさい、大丈夫だから』と言ってくださって。21歳くらいでしたけど、見てくださる人がいるんだと、すごくうれしかったのを覚えています」

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