『とと姉ちゃん』唐沢寿明のモデルはスカート姿の「鬼がわら」

投稿日: 2016年06月23日 06:00 JST

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(厳しい上司だった花森安治。写真提供:加川厚子氏)

「唐沢さんは用意された衣装を見て『え!?』と驚いたとか。よほどすごい格好なのかもしれませんね」(「暮しの手帖」元編集長・尾形道夫さん)

 

好調のNHK朝ドラ『とと姉ちゃん』の山場が近い。高畑充希演じる小橋常子は文具会社をクビになり、出版社に飛び込んだ。そして6月21日の放送で、唐沢寿明演じる花山伊佐次と出会うのだ。

 

常子のモデルは、生活雑誌「暮しの手帖」を創刊した大橋鎭子(しずこ)。花山のモデルは、同誌の編集長・花森安治だ。

 

花森の学生時代のあだ名は「鬼がわら」、「がまがえる」。鎭子も当初は「お顔が少し怖い」と思っていた。

 

「花森は天下の怪人だった。髪を伸ばしてパーマをかけ、スカートを愛用。でも女装趣味とは違う。生来の目立ちたがり屋に加え、衣装が性別や階級で決まっていることへの反発があった」

 

『花森安治伝』の著者、津野海太郎さんはこう話す。戦後すぐ、花森は鎭子とともに出版社「衣裳研究所」を興す。

 

「最初に出した『スタイルブック』は着物を洋服に仕立て直す方法を型紙つきで紹介、ベストセラーになった。仕立て方から、文、イラスト、図版、型紙、デザインまで、すべて花森が手がけた。天才だったんだね」(津野さん)

1948年に1万部でスタートした「暮しの手帖」は、昭和天皇の第一皇女・東久邇成子(ひがしくにしげこ)さまの手記をスクープ掲載した5号めで10万部を突破。30万部の大台に乗せた1954年に始めたのが、名物企画「商品テスト」だ。

 

元編集部員の加川厚子さんが印象に残っているのが、石油ストーブの消火テスト。当時、東京消防庁は「毛布をかぶせて鎮火せよ」と主張していたが、「水をかけたほうが消える」と反論。60回のテストの末、「暮しの手帖」に軍配が上がったのだ。

 

頑固で完璧主義のうえ、社長の鎭子を叱り飛ばすほどのかんしゃく持ち。編集部員にとって会議は地獄だった。加川さんは、花森のこんな言葉を覚えている。

 

「『ここに勤めたら24時間ジャーナリストだ。休みはない』って。土曜は夕方まで仕事、年末は12月31日の午後まで、年始は1月3日からでした」

 

語る元部下たちの口調にネガティブな感じがないのは、「花森自身も毎日朝早くから出勤し、取材も原稿も自ら手がけていた」(加川さん)壮絶な姿を見ていたからだ。

 

なぜ、そこまで仕事に打ち込んだのか。津野さんはこう推測する。

 

「花森さんは戦時中、大政翼賛会に所属し、戦争協力のスローガンづくりに関わった。そのことへの自責の念がつきまとっていたからとしか考えられない」

有名な戦意高揚の標語「ぜいたくは敵だ!」が花森の作と言われている。

1945年10月、鎭子が花森を雑誌づくりに誘った数日後、花森はこう返答した。

 

「もう二度とこんな恐ろしい戦争をしないような世の中にしていくためのものを作りたい」(大橋鎭子著『「暮しの手帖」とわたし』)。

 

このシーンを唐沢寿明が演じるのは、7月中旬の予定だ。

(週刊FLASH 2016年7月5日号)

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