識者が語るSMAP 楽曲へのこだわり「いかに祭りを作るか」

投稿日: 2016年09月03日 06:00 JST

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昭和の時代も終わりを告げようとしていた’88年4月、SMAPは結成されました。それから28年−−。SMAPは、この平成という時代をどのように駆け抜けてきたのだろうか。私たちに夢を与え続けてくれた彼らの楽曲について振り返ります。

 

「世界情勢が混沌とし、音楽業界も沈みがちな状況のなかで『世界に一つだけの花』は生まれました」

 

そう語るのは音楽評論家の麻生香太郎さん。

 

「’90年代は音楽プロデューサーの時代。まずZARDや大黒摩季を世に送り出した『ビーイング』の長戸大幸の時代があり、小室ファミリーの時代、つんく♂の時代と続きました。Jポップにとってはバブルのような時代で、放っておいてもCDが売れていた。その結果、Jポップの粗製濫造を招いてしまいました」(麻生さん・以下同)

 

’01年にはiPodが発売。パソコンとケータイが普及したことで娯楽も多様化し、CDの売れ行きに陰りが見え始める。

 

「そんなさなかに生まれたヒット曲が『世界に一つだけの花』。しっかりとした曲を出せば売れるということを示してくれたのです」

 

『世界に一つだけの花』は元々、アルバム『SMAP015/Drink! Smap!』の収録曲。シングル発売の予定はなかったという。

 

「この曲を提供した槇原敬之は、’99年に覚せい剤取締法違反で逮捕され、当時は“謹慎中”の身でした。アーティストにとっていい曲を作ることこそが贖罪となるはずですが、マスコミも音楽業界も、復帰した槇原に対してはとても厳しかった。そんな槇原をSMAPはあえて使ったのです。シングル曲としてリリースされる前に木村拓哉くんに取材したとき、『歌詞がいいんです。とくに“バケツの中〜”の部分が好きです』と話していました。木村くんたちSMAPのメンバーがこの曲を認めなければ、今もアルバムに埋もれたままだったかもしれません」

 

さらに麻生さんは、『世界に一つだけの花』がミリオンセラーを記録した背景には、’01年に起きたアメリカ同時多発テロ、その後に続くアフガニスタン紛争、イラク戦争など、不安が広がる世界情勢も関係しているという。

 

「ちょうど『世界に一つだけの花』がリリースされたころは、派手なダンスミュージックを自粛したり、大がかりなコンサートを控えたりと、世界中のエンタメ業界に暗い影が差していた時期。だからこそ、命の尊さ、平和の大切さを訴える曲が、人々の心の隙間に染みこんでいったのでしょう。そんな時代を読み取る力がSMAPやスタッフにはあるんです」

 

麻生さんが続ける。

 

「SMAPとスタッフがこだわってきたのは、『いかに祭りを作るか』ということ。人々の心に響かせ、ワクワクさせるために、貪欲に情報を集めていたし、フットワークも軽かった。そこにあったのは常識や金もうけにとらわれることなく、『次はどんな曲でファンを驚かせよう』という思いだけ。それがSMAPの音楽の原点だったのです」

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