梅宮アンナ・神田うの……「美女モデル」はこうして生まれた!

投稿日: 2017年02月06日 12:00 JST

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「“日本初の美女モデル”といえば朝ドラ『マッサン』で有名になった1923年の松島栄美子を起用したサントリー『赤玉ポートワイン』。これ以降、女性モデルの起用が定着しました」

 

こう語るのは経済学者で上武大学ビジネス情報学部の田中秀臣教授だ。日本の芸能界で、「美女モデルのパイオニア」を挙げるとすれば、「1966年、資生堂のモデルを務めた前田美波里にほかならない」と指摘する。

 

「当時はまだ女性の水着自体が珍しくセンセーショナル。街中のポスターが盗まれるほど彼女の人気は凄まじく、それまで訪問販売が主流であった化粧品市場を店頭販売に変え、化粧品を現在の2兆円市場にした功労者でした」

 

1970年代はまだ海外への憧れが色濃く、アグネス・ラムを筆頭とした外国人やハーフモデルの人気が高かったが、夏目雅子や山口小夜子といった正統派の「和の美女モデル」も登場。1980年代~1990年代の日本はバブル景気に突入、モデル業界にも変化が訪れる。

 

「好景気もあり、『あの有名人が出ているから買う』ようなモデル自体の影響力が高まった。起用するモデルで売り上げがまったく変わる。タレントへ転身して活躍する人が増えました」

 

「JJ」などの人気女性誌が巷のブームを牽引し、梅宮アンナや神田うのなど有名モデルが一躍、テレビの人気者となった時代だった。

 

そして2000年代。

 

「『JJ』や『CanCam』が流行の中心だった時代から、インターネットの普及以降、“口コミ”はおもにネットへ波及。ギャル雑誌での読者モデルの台頭もあり、モデルにとって、必ずしも有名誌の表紙を飾ることだけが、人気になる方法ではなくなりました」と、10代からモデルとして活躍し、現在は芸能事務所「スノウライジング」を経営する篠崎ゆき氏は言う。

 

ファンが「自分の好きなモデル」を探す現代では、SNSやブログなどで常に発信することが必須だという。

 

「美魔女やママモデルブームにより、モデルの年齢層の幅も拡大。スタイルに加え、異色の経歴やタレント性が不可欠。『美人』や『かわいい』だけじゃ生き残るのが難しい時代になった」

 

若いモデルに「モグラ女子」ブームが到来したのも時代の流れだったのだ。

 

<梅宮アンナ>

1972年8月20日生まれ 東京都出身 「JJ」「CLASSY.」「VERY」など数々の女性誌の表紙を飾り、カリスマモデルとして一世を風靡。2002年に女児を出産。最新著作に『女は「ひとりの時間」に磨かれる』(KADOKAWA)

 

(週刊FLASH 2017年1月31日号)

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