小林麻央のがん闘病を支える亡き義父・市川團十郎さんの言葉

投稿日: 2017年02月07日 00:00 JST

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2月3日、市川海老蔵(39)は成田山新勝寺での豆まきに参加していた。だがこの日は、海老蔵にとってもう一つの意味を持っていた。13年に亡くなった父・市川團十郎さん(享年66)の命日でもあるのだ。

 

午前9時、都内の霊園にある團十郎さんの墓前には妻・希実子さん(64)の姿があった。海老蔵と同じく、がん闘病中の妻・小林麻央(34)もこの場に駆け付けることができなかった。そんななか手を合わせ続ける希実子さんの姿は、天国の夫に向け「麻央を守ってください」と祈っているようでもあった――。

 

1月29日、麻央はブログで約1カ月ぶりに退院したことを公表した。1年で11kgもの体重の変動があったらしく、闘病の過酷さがうかがえる。それでも《4キロ太ることがまず目標です!》と決意を表明した麻央は、1月17日のブログでこう綴っている。

 

《私は、ただ刺激が強く感じるので薄暗くしていましたが、父は、光が痛かったのだと想像すると、壮絶です。。。白血病で何度も闘い乗り越えた父を本当に尊敬します。「細胞に生かされて」という父の言葉の中にある機微が今、少し理解できる気がします》

 

白血病と闘い続けた團十郎さんは、幾度となく死線を潜り抜けてきた。最初の発症は04年5月。翌年6月に再発した際は自家抹消血幹細胞移植出術を受けて抗がん剤治療に臨んだが、術後は想像を絶する苦しみが待っていた。希実子夫人は、雑誌の取材でこう明かしている。

 

《「無間地獄の苦しみ」と言っていましたが、見守るほうもつらくてたまりませんでした。あのとき、私は心のどこかで「もう舞台には立てないかもしれない」と感じていたように思います。でも夫は、おそらく復帰することしか考えていなかった》(婦人公論2月14日号)

 

そして08年に3度目の発病。だが2度目の移植手術を経て、このときも復帰を果たした。そんな團十郎さんは10年3月、女性自身のインタビューでこんな“覚悟”を語っていた。

 

「もし、市川宗家が途絶えたら、地球上に一つの文化が永遠に途絶えてしまう。いろんな分野がありますが、市川宗家には、歌舞伎を中心に、精いっぱいの努力をする務めがあるように思います」

 

病気に負けるわけにはいかない。生きて、次世代につながなければ――。闘病を乗り越えてきた陰にあったのは、そんな“市川宗家を守る”という強い信念だったのだ。

 

それでも12年に体調を崩し、再び入院。このとき病床の義父を見舞っていたのが、麻央だった。当時、彼女のお腹の中には勸玄くんがいた。麻央は自ら手料理を作っては、それを病院で看病に付きっきりだった希実子さんのもとへ届けていたという。

 

それでも13年2月、ついに力尽きた團十郎さん。死の直前、彼は麻央さんにある言葉を遺していたという。前出の雑誌の取材で希実子さんはこう明かしている。

 

《夫はみんなの名前を呼んで、一言ずつ言葉をかけました。臨月の麻央ちゃんには、「お腹の子を大切に。いい子を産んでくれ」と。(中略)夫が息を引き取ったのは、それから2週間後のことでした》

 

それは“勸玄を守ってほしい”という、義父からの遺命だった。そして、希実子さん(64)は麻央についてもこう続けている。

 

《夫も「治る」と信じる気持ちから、何度も舞台に復帰しました。やはり、すべては気持ちだと思います。信じるところからすべては始まるのです。麻央ちゃんは絶対によくなると信じています》

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