第24回 『ベイマックス』を見て川崎の〝あの事件〟を 思い出さずにはいられなかった

投稿日: 2015年03月10日 00:00 JST

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3月某日 イタリア上空

2月半ばにこちらでアップして頂いたコラムは、イタリアから日本へ向かう飛行機の中で書き上げたものですが、今回は、あれから3週間の滞在を終えて日本からイタリアへ帰る飛行機の中で書いています。

私はむかしから、飛行機で眠ることがなかなかできません。仕方がないので、眠る代わりに映画を見たり本を読んだり、時にはこうやって執筆仕事をしたりしながら、十何時間の移動時間を過ごすわけですが、今回は、先だってアカデミー賞のアニメーション部門でグランプリを受賞した『ベイマックス』という作品を見ました。

ツイッターでも多くの人たちが「面白かった」と呟いていたこともあったのと、あらすじを読むと主人公のロボット工学の天才少年が日本人だという設定も気になりました。うちの子供もロボット工学に興味を抱いてその道へ進もうとしているので、それも興味をもつ動機になったと言えるかもしれません。

私は成田空港の『ローソン』で調達したマシュマロを頬張りながら、世界中の多くの人々を虜にした、この真っ白でふわふわなロボットと、彼を取りまく少年少女たちの話を夢中になって鑑賞しました。

たいていどの作品にもキリスト教的モラル要素が強くて、基本的にはあまり積極的に見ようとは思わないディズニー作品ではあるのですが、この『ベイマックス』は、見始めるとさまざまな感慨や思いが脳裡で目まぐるしく交差し始めて、やがて私の目からは客室乗務員に紙ナプキンを差し出されるくらい涙が溢れて、止まらなくなってしまいました。日本で起きた“あの事件”を思い出さずにはいられなかったからでしょう。

 

主人公のヒロは14歳。両親を亡くし、兄と2人きりで叔母の家に居候をしながら暮らしていますが、その性格は若干すさみがち。覇気がなく不安定な側面も持っていたこの少年は、唯一頼りにしていたお兄さんの死をきっかけに更に社会に対して捨て鉢になります。

でもそこに現れるのが、亡くなったお兄さんが開発していた人間用の養護ケアロボット・ベイマックス。私が映画を見ながら口にしていたふわふわのマシュマロみたいに、真っ白なその身体は見ているだけで癒され、何よりも思わず抱きつきたくなるというのがチャームポイント。しかしベイマックスはロボットですから、インプットされた機能を合理的に動かすだけの要は一介の機械。病の治癒方法と人間の持つ心の優しさしか基本的にはインストールされていません。

ベイマックスはヒロの精神的な疲弊をスキャニングで読み取り、その柔らかいからだでひとりぼっちの寂しい少年をむにゅうっと抱き締め、かいがいしく世話を焼きます。おせっかいもデジタル仕様になってしまうと偽善性はいっさい感じられず、ヒロはベイマックスとの間に強い信頼関係を築いていくようになるのです。

意気消沈して引きこもりになってしまっていたヒロは、兄の同級生であった年上の仲間たちに誘い出されて、外へ出て行くようになります。皆個性はバラバラの変わり者集団ですが、ロボット・エンジニアリングへの情熱という共通点で繋がっている仲間たち。

この中ではいちばんちびで年下のヒロですが、みんなに熱く見守られ、ベイマックスとともに自分の生き甲斐となる世界を、自分の社会を見出して溶け込んでいくことになります。

フィクションの力は偉大です。そりゃベイマックスみたいなロボットも、あそこに出てくる子供たちが創るようなさまざまなテクノロジーも、フィクションだからこそ為せるワザと言えますが、それよりももっともっと私に“ああ、これはディズニーらしいモラリスティックな非現実なんだ”と痛感させてくれたものは、主人公ヒロと彼の周りにいる仲間たちとのかかわりについてでした。

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ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

1967年東京都出身。17歳で絵画の勉強のためイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で、油絵と美術史を専攻。‘97年漫画家デビュー。『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。著書に『国境のない生き方』(小学館)、『男性論』(文春新書)『スティーブ・ジョブズ』(講談社)『プリニウス』(とり・みきと共作 新潮社)など多数。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリア在住。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」綬章。
 
公式サイト
https://www.thermariromari.com/

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