第45回 「口コミ情報サイトを使うことで失ったもの」

投稿日: 2015年09月01日 17:00 JST

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9月某日 北イタリア・パドヴァ

日本に帰国するときの大きな楽しみの一つが、仕事の合間を縫って美味しいものを食べに行く事ですが、今日は何を食べようかと思い立ったとき、手軽に参考できるのが食堂・レストランの口コミランキング情報サイトです。

イタリアで仕事をしているときから、こういった飲食店の情報サイトを物色しつつ帰国への期待を募らせる私ですが、ここ最近は様々なお店の存在やその所在までの確認はしても、コメントやランクを示す星の数にはあまり注意をしなくなりました。

というのも、行き当たりばったりで入ってみたらもの凄く美味しかった食堂の評価が、後で調べてみるとネットでは最低ランクになっていたり、そうかと思うと高得点で絶讃されていたお店に行ってはみたものの、自分的にはそこまで大絶賛するほどでもなかった、という顛末が結構あるからです(特に日本での食べものを常に渇望している私の〝美味しさバロメーターの沸点〟は低いので、グルメな方の価値観や嗜好とは、かなりずれているところがあるかもしれません)。

口コミのレストラン情報に関する諸々の物議は海外にいても良く耳にします。ここイタリアでも、私が頻繁にご飯を食べに行く近所の食堂のオーナーシェフのおじさんは、「どこかの誰かに出されたパスタの味付けが自分には合わなかったというだけで、『トリップアドバイザー』の星を一つにされた」と嘆いていました。「味覚というのは人それぞれのものなのに、個人の嗜好を標準においてランク付けされるのは迷惑だ」というのが彼の意見ですが、確かに私もその通りだと思いますし、実際そのレストランの料理が大好きだと足繁く通って来る常連客は沢山います。

誰しもがこういったサイトを「情報の参考程度に……」という軽い感覚で見ているのならいいのですが、しっかりとアテにしてしまう人が決して少なくはないのも事実です。

ちなみに、そのおじさんの知り合いのナポリのピザ屋は、アメリカ人の観光客に「タバスコは?」と聞かれたので「イタリア人はピッツァにタバスコは使わないから、うちにはないんだよ」と答えたら、コミサイトで「この店は最悪」と酷評されたそうですが、このネットにおける一般の人々による私的見解批評というのは、ご存知のように飲食店に限った事ではありません。

今の世の中は、書籍でもホテルでも観光地の名所旧跡に至るまで、この世に存在する何もかもがこうして一般の人の見解でランク付けされ、そしてそれが参考にされるのが当たり前になってきています。

もちろん、口コミやレビューであっても、多角的な意見は大事ですし、『これはこういうものなのです』というセールスの謳い文句との明らかな差異に対して思う事があれば、指摘はあって然りかと思います。批判としてクオリティが高く考察力が優れた客観的なものであるのなら、そこに例えどんなに辛辣な言葉が並べられていたとしても、その人が注文した料理や書籍などと真摯に向き合っていた、という事がしっかりと伝わってくるだろうとも思います。

しかし、個人的な不服申し立ての私情を放出するだけのコメントは、人それぞれの感性、感覚、価値観、生活習慣によって、その捉えられ方は計り知れないくらい多様であって当然の料理や創作物と、そしてそれを作った人に対しての、〝リスペクトの欠損〟があるように受け取れてしまいます。

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当時は、自分には合わなかっただけなのだろうな、と思える懐の広い寛容さが、備わっていた

ネットが普及していなかった時代、なけなしの小遣いをはたいて一か八かでジャケ買いしたレコードが、家に帰って聴いてみたら大失敗だった、という私の年代かそれ以上の方たちは少なくないと思います。でも、その大失敗レコードのアーティストや演奏者に対して感じた失意や残念さも、自分には期待外れだったけど、きっと他の誰かには喜ばれているのだろうな、とか、きっと作った本人は納得していたのであって、自分には合わなかっただけなのだろうな、と思える懐の広い寛容さが、あの頃の皆には備わっていたように思います。

やり場の無い思いを抱えて、学校の友達にだけはもう戻らぬ小遣いの愚痴を垂れても、最終的に自分の判断で買ったものや食べたものへの失敗の責任を、表現者やレコード会社に対してではなく、しっかりと自分で受け止めていたあの時代も、今では遠い昔になってしまいました。

口コミやレビューは確かに参考にはなりますし、レコードのジャケ買い大失敗もネット配信のプレビューの機能などのおかげで皆避けて通れるようになりました。おかげでお金の無駄遣いも減って、生活における経済的合理性は上がったとは思います。ただ、タバスコを置いていなかった為にアメリカ人に「酷い店だ」と酷評されたナポリのピザ屋も、地元の人たちにとっては人気店だったりするわけですから、消費者である我々はそういった事も念頭におきつつネット上の情報とうまく付き合っていくべきなのかもしれません。

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ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

1967年東京都出身。17歳で絵画の勉強のためイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で、油絵と美術史を専攻。‘97年漫画家デビュー。『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。著書に『国境のない生き方』(小学館)、『男性論』(文春新書)『スティーブ・ジョブズ』(講談社)『プリニウス』(とり・みきと共作 新潮社)など多数。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリア在住。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」綬章。
 
公式サイト
https://www.thermariromari.com/

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