第68回 「姑から『注射』された日」

投稿日: 2016年02月23日 21:00 JST

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2月某日 北イタリア・パドヴァ

去年の暮れ、イタリアのニュースは一斉に年始にかけて蔓延するであろうインフルエンザへの注意勧告を報道していました。「ふたりに1人は感染する怖れ」というその告知はイタリア中でイタリア人たちの話題のネタとなりましたが、かといって慌てふためいている様子の人が周りに見受けられたわけでもありませんでした。

それから数日後、夫の実家へ年末の大掃除に借り出された私は、広大な庭に建て付けられた物置の中の整理や、その周辺に散らばっている枯れ木や枯れ葉等を取り除くという課せられた重労働を済ませ、家に入ろうとすると、姑から「ちょっと待ちな」と腕をがっしり掴まれ引き止められました。そして何も言わずに私を椅子に座らせると「セーター脱いで腕出して!」と強制的な指示をされました。

「え? 待ってください、なんなんですか一体……」と狼狽した私が問い質すと、「インフルエンザワクチン打ってやる。ちょうどうちにワクチンを買ってきたばかりだから」と姑。

見れば脇の机の上には新しい注射器と小さな薬瓶が置かれているではありませんか。それを見た途端、私はパニック状態に陥って「ちょっとちょっとちょっとストーップ!!」と私の長袖シャツを肩の上までまくり上げようとする姑の動きを阻止し、「医師でも看護婦でも何でも無いあなたが、私に、インフルエンザワクチンを注射をするんですか!?」と聞き改めました。すると姑は「そうだけど?」ともっともそうな顔で私を睨んでいます。

イタリアでは、こういったワクチン接種が家でもできるということは、私も子育ての時から知っていました。知っていましたが、とてもではないけれど自分の子供に注射を打つなんて恐ろしい真似はできないと思い、薬屋で購入したワクチンを持って近所の病院まで行き、そこで打ってもらうようにしていたのです。家でも打てる、ということは注射を打つということ自体、実はそんなに難しい事では無いのかもしれません。でも、ただでさえそそっかしくていい加減な姑が、人様の腕に注射をするなんて想像してみただけでも、私にとっては拷問レベルで震え上がる行為です。注射針を差しては何度でも「あ、ここじゃない」「あ、まちがえた」という展開になる可能性もおおいに有り得るからです。

私たちを取り囲んでいた近所に住む親戚親子が、動揺する私を見て大笑いしています。「マリは注射が怖いのかあ……、見た目によらないもんだな!」だの「大丈夫、大丈夫、チクッとするだけ。目を閉じてればすぐだから!」などという軽卒な言葉を口々に、はしゃぎまくっていますが、私が怖いのは注射ではなく「医者でも看護師でもない姑が私に注射をする事なのだ」と説明をしても「いいって、いいって、誰にでも苦手なものはあるって!」とニヤニヤ笑われるばかりで相手にされませんでした。

「あんたね、私は数年前まで介護してきた老婆2人だけでなく、爺さん2人も加えて4人分、合計で1000回以上は注射を打ってきているんだよ? その辺の看護師よりもよっぽど腕はあるんだから心配しなさんな」と私を説得する姑。結局、私は根負けして彼女の言いなり通り、肩にインフルエンザワクチンを打たれてしまいました。しかし、どういうことか、私の予想に反してその注射はちくりともしなかったのです。

「え!? 凄い、痛くなかった!」と私が驚くと「当たり前だよ。っていうか、注射なんてヤク中だって素人なのにみんなやってるってのに、あんた不必要に大騒ぎし過ぎだよ」と姑。いや、まあ確かにそうかもしれないし、老人たちに1000回以上の注射を打ってきたから経験値はあるというのもうなずけるけど……。

それにしても、日本人のように注射は病院でやるものだと思っている人間にとって、家で家族によるインフルエンザワクチン接種、というのはなかなかスリリングな体験であるわけです。

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自分の息子には「インフルエンザはしっかりかかって治したほうがいい」と

〝儀式〟を終え、冷や汗を垂らす私の顔をニヤニヤ見ている旦那に向かって悔し紛れに「あんたもしてもらいなさいよ。ここにいるついでに」と促してみました。姑も「まだ3本あるから打っていこうか」と身を乗り出しましたが、そのとき旦那は当然のようにその申し出を断りました。「嫌だよ、ママの注射なんか……。何だか失敗しそうだし」と。私の時とは違って息子の言い分には素直に従う姑、「そうだね、インフルエンザはしっかりかかって治した方がいいときもあるものよね。だから実は私も打ってないんだよ」と一言。それに周りの親戚も皆、一斉にうなずいています。

そのやりとりを聞いて私はヴェスビオス火山の噴火のごとき怒りが心底から沸き上がってきましたが、エネルギーの浪費を避けて冷静を保ち、その場を遣り過ごしました。「みんなインフルエンザにかかるがいい!!」と心のどこかで怨嗟に充ち満ちた思いがあったのは確かですが……。

そういえば以前、こちらのコラムでも海外(特にヨーロッパ)でマスクをするのはタブーだという話を書いた事があります。うちの子供が以前ポルトガルで現地の小学校に通っていた頃、ひいていた風邪が周りに感染しないようにと日本から持って来たマスクをして登校させたら、「ただちに取りなさい、みんな何事が起きたかって怖がるじゃないの!」と先生から指示されたそうです。そのときに息子は「でもボクが咳をしたりくしゃみをしたら周りに風邪がうつります」と応えたそうですが、先生からは「いいんです、風邪は感染するものだから、うつったっていいんです!」と対応されたそうです。

確かに欧州ではマスクで顔を隠しているような人には出会いませんが、だからといって「うつしていい」というのもどういうものなのでしょう。

素人による家庭内注射、そしてインフルエンザや風邪といった感染症への受け身の対処など、日本と海外の習慣や考え方には簡単に共有はできないものが、まだ沢山あるに違いありません。

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ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

1967年東京都出身。17歳で絵画の勉強のためイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で、油絵と美術史を専攻。‘97年漫画家デビュー。『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。著書に『国境のない生き方』(小学館)、『男性論』(文春新書)『スティーブ・ジョブズ』(講談社)『プリニウス』(とり・みきと共作 新潮社)など多数。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリア在住。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」綬章。
 
公式サイト
https://www.thermariromari.com/

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