第79回 「SNSが楽しめる人、そうでない人」

投稿日: 2016年05月24日 17:00 JST

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5月某日 北イタリア・パドヴァ

つい先日、わたしは何年間にも渡って「やめる、やめたい、でもやめられない」と心底で葛藤し続けてきたツイッターを突然退会しましたが、何の断りも無くやめてしまったので、その直後に私が唐突にアカウントを消した憶測が呟かれ、それが退会の真意と捉えられて、ほんの僅かな時間でしたが流布していたようでした。

その後、自分のブログで『ツイッターを始める前の状態に戻します』という報告をし、やめた理由は特別何かがあったからではなく、ツイッターなどを始めとするSNSが、根本的に自分のような人間向きではなかったということもお伝えしました。

ブログでは、自分にとってのツイッターが、イタリアのオバちゃんたちの無責任なおしゃべりみたいなものだったと例えていますが、タイムラインに並ぶ沢山の、全く方向性も主旨も毛色も違う呟きは、もともとそれを軽く浅く楽しく聞き流せるくらいの気構えで受け止めるべきものであり、私のように一語一句「これはどういう意味だろう」「この駄洒落の本意はなんだろう」「と受け止めて、思索したり考え込んでしまう人間には正直、不適応なものなのです。

私をフォローして下さっていた方たちは覚えていると思いますが、私は自分の猫の写真だったり日常のくだらない出来事についての独り言をツイッターで呟くこともあれば、イベントや出版物の報告もし、時々頭にはびこる深刻な考えや社会での事象に対する〝意見発信ツール〟的な使い方もしていました。

しかし、個人的な見解や意見を提示するという使い方をすると、戻ってくる反応も千差万別で、発言に同調を示す人もいれば、嫌悪感丸出しで毒入り吹き矢みたいなコメントを飛ばしてくる人もいる。9万人というフォロワーに向けての発言ですから、そういった反応も当然の成り行きではあるのですが、その度に私は『自分はこんな文字数限定の、しかも大勢の人が好き勝手なことを気軽に呟いている場所で、一体何をしようとしているのだろう』という虚しさには何度も見舞われてきました。

もともと友人から「遠い海外に暮らしていても日本が近く感じられるし、仲間と会えなくても皆の日々の動向が判って、言葉も交わし合えて面白いよ」と進められ、そういったポジティブな利点に惹かれて始めたツイッターですが、やはり物理的にどう考えても縮められるわけのない、日本とイタリアの距離をツイッターというバーチャルツールによって「わあ、日本がそばにある、日本の皆ともいつでも一緒にいられる!」と感じるのは、自分の妄想の効果以外の何物でもありません。そして、この妄想の力というのは時に有り難いものである一方で、メンタルに対してとても無責任な凶暴性を発揮することもあるのです。

実際、SNSによって発信されるユーザーの言葉や内容が、そのまま伝えたかった意志通りに閲覧者に届く事は難しいのではないかと私は思っています。どんな小さな報告や呟きも、受け取る相手のメンタルの資質やコンディション、方向性によって解釈のされ方も違ってくるからです。

だからSNSを楽しめるのは、根本的に人が自分の発信した内容を相手にどう捉えられるかなんてことは一切気にせず、しかも自分も他人の発信している情報や意見に全く意識を奪われない、ある意味、感性がおおらかで、打たれ強く、無頓着な人に限られるのではないかなと思うのです。

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久々に本を読んだり映画を見る時間をとり戻せた

昨日(5月22日)、「SNSが人生の幸福度を下げる」という米国の大学の調査結果を告げるニュースを目にしました。その報告によると、SNSの利用頻度が高ければ高い程、人は鬱になるというのです。しかもこの手の調査は今回の報告に限った事ではなく、昨年も別の大学で行われていて、やはりSNSは人を落ち込ませ、不安にするという調査報告が既に出されていたのでした。

SNSがどうして鬱や不幸な気持ちを招くのかというと、要は寂しかったりテンションを上げたくて覗いたはずのFBやツイッターなのに、実際見てみると沢山の人がその日にあった楽しい出来事の報告や、美味しい食べ物や、一生懸命働いた事などをアップしていて〝自分以外の人は幸せで充実している生活を送っている〟という疎外感や喪失感、そして妬みや悔しさといった歪んだ認識を持ってしまうからなのだそうです。

つまり、SNSでは否が応でも見ている人に社会比較を促し、発信者にはそのつもりはなくても、見えない多くの閲覧者に辛い気持ちを焚き付けてしまう場合もある、ということなのです。

言葉や絵画のように表現されるものは、受け取る人の性質や、または精神的コンディションによって歪曲します。発信者がどんなに見ている人にハッピーになってもらおうとアップした写真や文であっても、それが逆に気持ちが弱っているどこかの誰かの神経を逆なでさせ、落ち込ませてしまう結果にもなり得るのです。

恋人たちや夫婦がどちらもユーザーの場合、例えばこの2人が喧嘩をしたり、信頼関係が揺らいで雲行きが怪しくなっている最中に、そのどちらかがSNSで他の誰かと楽しそうにしていたり、どこかで楽しい事をやっていたらしい報告を見てしまうと、その後両者は収拾のつかない嫌な顛末になるのを避けられなくなるでしょう。自分がこんなに寂しくて辛くて落ち込んでいる時に、あなたはこちらの気持ちも顧みずにSNSで他の人と楽しんでいて酷い、と。でも、その相手にしてみれば、喧嘩をして落ち込んでいるからこそ、気分を紛らわせたくてSNSをしていたかもしれないわけです。相手を傷つけるつもりなんて全く無かったかもしれないのに。

SNSによって引き起こされる軋轢や齟齬の修正はとてもややこしくて面倒なものですが、そういったトラブルはSNSのユーザーである限りどうしてもセットでついてくるものなので、続けたいのなら、そういったSNSの性質をわきまえるかまたは諦めるしかありません。

少なくともFBやツイッターを始めとするSNSというものは、精神的な不安定さを根本から解消してくれるツールではないと確信しています。自分と社会との境界線をくっきり引くことができて、その両方の立場を弁えられる人でなければ、付き合って行くのはなかなか難しいものなのです。

私がツイッターをやめてからもう数日経ちますが、イベントや出版の告知ができなくなってしまった不便性はあっても、不適応性をしっかりと自覚できたので、今後復帰したいという気持ちは全くありません。

むしろ、久々に本を読んだり映画を見る時間をとり戻せたので、ちょっとホッとしています。

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ヤマザキマリ

1967年東京都出身。1984年からフィレンツェに11年間在住、油彩、美術史等を学ぶ。1997年に漫画家としてデビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。シリア、アメリカ、ポルトガルを経て現在はイタリア・パドヴァ市在住。最新作は『スティーブ・ジョブズ』『プリニウス』等。平成27年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

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