第88回 「ルーブル美術館」は絵描きの道を選ぶ勇気を与えてくれた空間

投稿日: 2016年07月26日 18:00 JST

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7月某日 北イタリア・パドヴァ

 

パリにあるルーヴル美術館を最初に訪れたのは、14歳、中2の時のことでした。フランスとドイツを1カ月かけて巡る一人旅の最終ゴールがこの美術館だったわけですが、念願の目的地にやっと足を踏み入れる事はできたものの、ミロのヴィーナスもダヴィンチのモナリザも膨大な人の群れ越しにやっと覗けた程度で、得られた感動は思っていたほどのものでもなく、かなりがっかりしたのを覚えています。

 

生の西洋絵画をいっぱい見てくる、という意図も兼ねた旅だったのに、そこへ至るまでの様々なエモーショナルな出来事で胸がいっぱいになっていたからなのか、なぜ人々が沢山飾られた絵画の中からそれほどまでにモナリザという絵画を見たがるのか、沢山置かれた彫刻の中からミロのヴィーナスばかりが注視されるのかが腑に落ちませんでした。

 

広いこの美術館に飾られたおびただしい数の芸術作品を、1日で見ようという思惑が無謀だったこと、できるだけ沢山のものを集中して見ようと思うのであればそれなりの体力が必要なこと、そして何よりこの世界最高峰の美術館についての事前情報を予め頭に入れてこないといけなかったこと、とにかく人生で初めての大美術館を体験した私はその壮大さに圧倒されるばかりで、結局表面的な部分を舐めただけで帰国したのでした。

 

ただ、再び日本に帰って来て自分の将来への進路を決めなければならなかったとき、念頭にいつもこの美術館のことがあったお陰で、学校では教師から否定的に捉えられる〝絵で生きる〟という選択肢を諦めずにいることもできました。社会性も捨て、貧乏で野垂れ死にをするかもしれなくても、人生を費やして描いた作品が時空を越えて残り続け、様々な時代の様々な人々に何かを語りかける美術品の普遍的で膨大なエネルギー。人間という精神性の生き物特有の文化の軌跡を溜め込んだ美術館というのは、そういう意味では自分にとってかなりSF的な空間でもありました。

 

例えばフランスやイタリアといった欧州の文化大国を旅で訪れれば、大多数の人々はその土地に行ってきた〝証〟という意味で、現地にある有名な美術館や博物館を訪れたりしますが、経験された方なら判るように、前述のルーヴルも、ローマのバチカン美術館も、フィレンツェのウフィッツィにしても、しっかり見ようと思えばかなりの体力と集中力が必要になってきます。古代文明の遺跡などでも同じことが言えます。

 

ですから、普段こういう分野にさほどの興味がない方たちにとっては、その場に足を踏み入れたという事が大仕事になってしまい、疲労感とひきかえに、中にあるものをじっくり見るのは重要ではなかったりするかもしれません。

 

しかし私のように美術館を異次元空間として面白がられる人間にとっては、今や自分への発破がけも兼ねて、定期的に訪れなければならない必然の場ともなり得るのです。

 

特にルーヴル美術館のような美術館そのものにも歴史があり、中に展示されている美術品にもそれぞれドラマティックなバックグラウンドがあるような場所には尚更興味をそそられます。どんな凄まじい経緯を辿って来たにせよ、ものによっては作品の作られた当時の人間の意志次第で、一緒の空間に置かれる事すら難しかったであろうものも、様々な過去を抱えつつ冷静かつ毅然と並べられた展示作品を見ていると、複雑な人間の編み出した歴史と社会に対しての感慨深くも客観的な思いがこみ上げてくるのです。

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過激派組織に略奪された都市も生き続ける

14歳で初めて訪れてから、その後も何度も訪れたルーヴルですが、ここの古代オリエントやギリシャ・ローマのセクションには私も個人的に大好きな発掘品が沢山飾られているので、美術館全体の中でもこの場所での滞留時間が一番長いかもしれません。そして、恐らくその片隅に私も暮らした事のあるシリアのパルミラでの出土品が、極ささやかではありますがいくつか飾られています。

 

パルミラといえば、ここ数年報道でもこの名前が何度となく取り上げられる機会があったので、この地名に聞き覚えがある人も少なくないと思いますが、古代ローマ時代、ユーラシア大陸の西と東を結ぶ隊商都市として栄えたこの大変美しい遺跡は、去年ISによって多くの建造物が破壊されてしまいました。パルミラからの出土品は勿論シリア本土のパルミラの美術館へ行けばいくらでも見る事もできましたが、当然そこも訪れるのが叶わない場所となってしまったわけです。

 

でも、ルーヴルにさえ行けば、ISからは邪道な偶像崇拝都市として、そして活動資金源にするための略奪の場として散々な目に遭った、『バラの都』とうたわれた大商業都市の、貴重な出土品を見る事ができるのです。過激派組織がいかに爆発物を使ったり考古学者を殺害したりしてパルミラという遺跡を抹消しようと思っても、それは遠い別の国の別の場所で、確実に存在していた歴史として生き続けていくのです。

 

先日から六本木の森アーツギャラリーで開催されているルーヴル美術館特別展『ルーヴルNo.9 漫画、9番目の芸術』では、日仏の作家16名がこの美術館をモチーフに描いた漫画作品を展示しておりますが、私もその中のひとりとして、ルーヴルに展示されているパルミラの発掘品を軸にした作品を出展しております。

 

考えてみれば14歳での一人旅の最終目的地であり、絵描きの道を選ぶ勇気を与えてくれた空間でもあり、結果、油絵を学ぶも紆余曲折あって漫画家という道を選んだ私にとって今回の企画展は、どこか人生のターニングポイント的な大きな意味を持つものがあります。

 

最初はルネサンスの画家たちや古代ローマの彫刻を題材にした作品を考えていたのですが、最終的にはパルミラと、そこに人生を費やした老考古学者を描くことに決めました。壮麗で沢山の劇的側面を持ったこのルーヴル美術館については、他の漫画家の方たちが圧倒的に素晴らしい表現力で作品として描いていらっしゃるので、だったら自分は訪れる人も少なく、かつ訪れてもあまり記憶に残らない、だけど自分にとってはかけがえのないパルミラの展示品に由来する題材を取り上げてみよう、と思い立ったのでした。

 

漫画も絵画を見るように読んで欲しいという気持ちは、漫画家になってからもコンスタントに自分の中にあり、現在とり・みきさんと合作している『プリニウス』も、ルネサンスの絵師を描く『リ・アルティジャーニ』もそれを強く意識して作っている漫画ですが、今回この展覧会の為に描き下ろした作品も、絵画のように言葉ではなく絵からストーリーを読んで欲しいと思い、全ページセリフを排除しています。でも、そこにはパルミラという遺跡と、そこで起こってしまった事件については、言葉ではとても表現できない、という気持ちも顕われています。

 

子供だった私に絵を描く仕事を選ぶ動悸と勇気を与え、沢山の傑作が並ぶ中で、ささやかではあっても自分にとってかけがえのないパルミラの記憶の軌跡を守りつづけているルーヴル美術館。

 

地球のどこで何をしていようと、この巨大美術館の存在が私の中に大きな影響を及ぼしていることだけは間違いありません。

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ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

1967年東京都出身。17歳で絵画の勉強のためイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で、油絵と美術史を専攻。‘97年漫画家デビュー。『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。著書に『国境のない生き方』(小学館)、『男性論』(文春新書)『スティーブ・ジョブズ』(講談社)『プリニウス』(とり・みきと共作 新潮社)など多数。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリア在住。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」綬章。
 
公式サイト
https://www.thermariromari.com/

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