第101回 「突然倒れても……危機一髪で救われた母」

投稿日: 2016年11月08日 17:00 JST

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10月某日 ハワイ

私は旅に出るとよく病気になります。

 

本質的には体力もあるし、とても頑強で丈夫な人間なはずなのですが、幼い時から何かとよく病気にはかかる傾向があり、大人になってからは無謀な仕事の詰め込み方をしたり、何かに没頭し続けるとわりと簡単に病気になってしまいます。

 

なので、旅行という行為は、その直前にかなりの仕事を片付けるため、私にとって最も病気にかかりやすいきっかけになっていますが、お陰さまで今まで暮らしたり、旅で訪れて来た国々ではいろんな病院の厄介になってきました。イタリア、シリア、ポルトガル、アメリカ、デンマーク、キューバ、ブラジル、チベット(中国)、南太平洋の島……、そういった国々の医療機関がどんな様子であったのかが、病院の食事がどんなものだったか、そんなことが風光明媚な観光名所よりも素早く脳裏に思い浮かんでしまうところなど、我ながら凄いなと思いますが、その都度現地でかかる医療費も正直バカになりません。なので、今やどこへ行くにしても、海外旅行保険への加入は私にとって絶対に欠かせないものとなっています。

 

前回のエッセイの続きになりますが、10月の末、函館を皮切りに我々のバンド「とりマリ&エゴサーチャーズ」で南北海道を旅していた私は、ライブの翌日、実家のある千歳市でメンバーと別れ、同日の夜に83歳の母・リョウコを連れて、息子のデルスと、母の幼馴染みの友人とが暮らすホノルルへと向けて旅立ちました。

 

北海道を巡っている最中に既に風邪でヨレヨレになっていた私は、羽田の国際線ターミナルですかさず海外旅行保険に加入し、ついでに母にも保険に入ってもらうことにしました。たった5日間の滞在予定ではあっても、自分の前例を顧みても何が起こるかわかりません。母は「大丈夫よ、他の保険にも入ってるし、旅慣れているから」と気丈な様子ですが、死亡時には5千万円、病気等になった場合の治療費は無制限という必要最低限のコースを選択。お値段はひとり6200円でした。公的な健康保険のないアメリカに暮らしていた頃は、私とデルスで毎月掛け捨てで5万円近くの民間の保険に入っていたので、それを思い出せばお安いものです。

 

だいたい風邪はまだ治っていないし、私のことですから、景色の素敵なリゾート地へ行けば必ず病気になるという今までの嫌なジンクスも拭い取る事はできません。でも保険にさえ入っていれば、例え病気になったとしても、気持ちの安心は保証されます。そんなわけでやるべきことを終え、安堵しつつ深夜の便でハワイのホノルルへ向かったわけですが……。

 

「大変、リョウコちゃんが急に立てなくなっちゃった、どうしよう!」

 

その電話を受けたのは、ホノルルに到着したその日の夕方の事でした。

 

ホノルルには、戦前に母の実家があった鵠沼(神奈川県)で、幼い頃から姉妹のように仲良しだったJさんが、もう随分長く暮らしています。母はそれまでにも何度かJさんに会うためにホノルルを訪れていますし、2年前に彼女が大きな病気で入院をした後も2回程お見舞いに来ていました。ですから今回も、旅とはいってもJさんの家で気兼ねなくだらだらと過ごすのが、母リョウコの予定でした。

 

私たちはいつも通り、空港まで迎えに来てくれたハワイ大学に在学中の孫、つまり私の息子であるデルスと一緒に、まずはワイキキのそばの高層マンションに暮らすJさんの家へ立ち寄りました。

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まあ2万ドル(約200万円)は掛かってるんじゃないの?

Jさんの家は窓からダイアモンドヘッドやワイキキのビーチが望めても、アットホームな雰囲気で、気兼ねも全くいりません。長旅を終えてリラックスした様子の母と別れて私たちはタクシーで滞在先のホテルへと向かいました。

 

今回は私にとっても母をハワイに連れてくるのが最大の目的だった為、特にプランがあったわけではありません。ホテルで缶詰になって仕事をするつもりで日本から持って来たスキャナーやパソコンなど作業道具を一式、同行していたマネジャーさんと一緒になって部屋でセッティングをしていたところに、その電話が掛かって来たのです。

 

動転した様子のJさんの声を聞くなり、すぐに彼女の家へ向かいました。そこで腰を抜かしたような恰好で呆然としている様子の母を見た瞬間、これは何かヤバい事が起っていると察知。Jさんの知り合いが進めてくれた緊急用のドクターを呼び、ぼんやりしている母の診察をしてもらうと血圧はなんと200弱、熱も38度。「脳梗塞かもしれない」と表情を曇らせるドクターに促され、私はまず加入したての日本の保険会社に連絡すると、担当の女性が日本語で親切に対応してくれました。救急車を呼んで保険会社から指定された病院へ母を搬送してもらったのですが、保険会社によると、既に提携関係にある病院であれば「キャッシュレスサービス」という、患者側には治療費の請求が必要無い処置がとれるということでした。

 

アメリカで救急車を呼ぶと、とんでもない金額を請求されるというのはシカゴに暮らしている時から知っていたのですが、今回はとにかくそのような保険という味方がついています。

 

やって来た救急車の隊員たちの、何一つ無駄な動作のないシステマティックな行動に見惚れ、しかも皆揃いも揃って長身のイケメン。不安そうな表情の私に「きっと大丈夫」と親切な言葉を冷静な笑みとともに掛けてくれるという心遣い、私がシカゴで出会ってきたあの殺伐とした、合理性優先の質実剛健なアメリカ人たちとはまるで違う人種がそこにはいました。さっきまであんなに狼狽していたJさんも、隊員たちが家に入ってくるなり頬を赤らめながら「こりゃまたえらいハンサムなお兄ちゃんたちねえ……」と、不安が払拭されたような表情。

 

そのイケメンたちによってホノルルの総合病院に搬送された母は、取りあえず入院をして翌日からしっかりとした検査を受ける事になりました。意識の朦朧とした母によると、ハワイに来る数日前まで、自分が暮らす千歳市から遥か東の彼方にある街・根室まで出かけて、そこでバイオリンのレッスンを3日間してきたというではありませんか。北海道の最東端から、ハワイという移動も含め、どう考えても83歳の人間には負担の大き過ぎるスケジュールです。

 

その時担当して下さった若い医師は日本語の名字とポルトガル語の名字が連なった名前をしていました。恐らく日系ブラジル人のハワイ移民なのでしょう、物腰が柔らかく、喋り方も丁寧です。「あなたのお母さんは年齢を顧みずに無理をし過ぎたんだと思いますよ」と図星のひとことで感慨深そうな顔になる母。

 

最終的に我々もハワイでの滞在を延長せざるを得ず、帰国後東京で企画されていたトークショーとテレビ番組の出演をキャンセル。

 

母は毎日、個室の病室に滞在しながら、ありとあらゆる最新医療技術を駆使した検査を受け、アラカルトメニューから選ぶ美味しい食事を取り(チリビーンズだのターキーのバルサミコ酢煮込みだの、ハワイにしてはおいしそうなものばかり)、少しづつ回復していきました。実費で支払うとなると一帯どれくらいの費用が掛かったのかはわかりません。地元の人にこの話をしてみたら「救急車を呼んで、あの病院で、それだけの検査なら……、まあ2万ドル(約200万円)は掛かってるんじゃないの?」とのこと。それを聞いて一瞬頭がくらっとなりました。

 

もう一歩で脳梗塞までいきかけていた母ですが、5日後には立って歩けるようになって無事退院を果たし、日本へ帰国。幾つかの記憶は飛んでしまってはいるものの、大事に至らなかったのは何よりであり、とにかく保険の有り難みというものを自分が海外で厄介になった時以上に痛感したのでありました。

 

遥々ハワイまで行きながら、毎日晴天だというのに海には一歩も入らず、ホテルと病院とJさんの家ばかりを往復して終わった8日間でしたが、私にとっては母の病気を通じて、シカゴで暮らしていたときにすっかり失せてしまった、アメリカへのシンパシーを取り戻すことができた旅となりました。まあ、アメリカ合衆国の中でもハワイという場所は、本当に特別だとは思いますけどもね。

 

そんなわけで、皆さんも海外旅行の際には、それも旅費の一部だと思って是非海外旅行保険に入られる事をおすすめします。こんな災難を経てきても、最終的に「良い経験が出来た」と思えているのは、何より無制限で治療費をカバーしてくれた保険のおかげなのですから。

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ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

1967年東京都出身。17歳で絵画の勉強のためイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で、油絵と美術史を専攻。‘97年漫画家デビュー。『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。著書に『国境のない生き方』(小学館)、『男性論』(文春新書)『スティーブ・ジョブズ』(講談社)『プリニウス』(とり・みきと共作 新潮社)など多数。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリア在住。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」綬章。
 
公式サイト
https://www.thermariromari.com/

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