第102回 「移民受け入れ、イタリアと日本の違い」

投稿日: 2016年11月23日 18:00 JST

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11月某日 東京

アメリカのトランプ次期大統領は「メキシコ人の移民がアメリカ人の仕事を奪っている」と国境に壁を作るという強硬策を叫んでいますが、先日、日本では外国人介護士の全面解禁と、介護現場に外国人の技能実習生を受け入れる法案が成立したばかりです。既に外国人移民が普通に高齢化社会の支えとなりつつある海外に暮らしている視点で見れば、他には選択肢の無い、当然といえば当然の展開というように思われます。

 

イタリアの家に週に2回、お掃除に来てくれる女性はモルドバ共和国の人ですが、彼女の母親は今から20年前に介護の仕事をする為にイタリアへやってきた移民です。モルドバはソ連が崩壊した後、大幅な労働市場の縮小が影響して、沢山の人々が国外で移民として生きることを強いられ、そんな彼らの主な移住先はロシアとイタリアでした。移民の多くは女性たちで、ほとんどが国に家族を残したまま、移住をした先々で老人介護や家政婦などの仕事に携わっているようです。

 

2000年の初頭、私がイタリア人の夫と結婚をした時、彼の実家にはそれぞれ100歳近い2人の高齢者がいました。姑としてみればできれば自分の母親も夫の母親も一緒に暮らしてもらって同時に面倒を見るつもりでいたようですが、この2人の婆さんの仲があまりに悪過ぎて、何度か共同生活を試してはみたものの、強烈な諍いの発生を免れられなかった為に、それぞれ離れて暮らすことになりました。

 

姑は、毎日そのばらばらに暮らす2人の老婆の面倒を一人で見ようと頑張っていましたが、そのうちどちらの母親にも軽い認知症の兆候があらわれたのをきっかけに、それまで食事の用意と掃除だけに来てもらっていたイタリア人の家政婦さんには止めてもらって、付きっきりでこの二人を介護してくれる、外国人の介護者を雇う事にしたのでした。

 

一人はルーマニア、一人はモルドバの出身者で、二人ともソ連が崩壊した後に職探しでイタリアへやって来て、細々と介護やハウスキーピングの仕事をしてきた中年の女性でした。彼女たちは自国で介護士になる為の訓練もしていなければ、そんな資格もなく、移民の何割かを占める不法就労だったわけですが、高齢化が著しく進行し、悩める人々が増加する現状のなか、うちの実家も類に漏れず条件の選り好みを許される状況ではありませんでした。

 

イタリアの場合、日本との大きな違いとして捉えられる点に、高齢者用の養護施設は沢山存在していない、というのがあります。彼らは、カトリックという宗教的な倫理観の影響もあって、貧しかろうと金持ちであろうと、家族である限り高齢者との同居を本質的には望みます。

 

そしてイタリアでは、基本的に兄妹全員で自分たちの親の面倒を見たり、時には孫たちも家での手伝いに関しては加勢するという体制が確立しているので、日本のように一人の子供が親の介護をすることで最終的に仕事を失い、最終的に疲れて身も心も破綻する、という例はそれほど多くはないようです。

 

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イタリアではソ連の崩壊の後、ロシアや東欧から流れて来た移民たちの存在は大きかった

うちの姑も他の兄妹とは決して仲が良い訳ではありませんが、それでもそれぞれが順番に自分の母親を家へ連れていって面倒を見る、ということはしょっちゅうありました。

 

田舎であれば、地域の教会の神父様がホームドクターのように、自分の担当地区の老人たちの様子を見る為に巡回したり、近所の人が「そういえば隣の婆さん、元気かしら……」と世話を焼いて訪ねてきたりと、老人という立場は家族以外の人からも常に気にされているので、誰にも見放されて寂しく孤独死をする、という事例もあまり耳にはしません。

 

とはいえ、老人がまだ立って歩けたり自分たちで料理を作ったり掃除をしたりできているうちはいいのですが、そうでなくなった時、うちの姑のように、2人の老人の介護を手がけるのは相当の精神力と体力が必要です。姑はもともと強靭な体力と精神力を備え、鼻息も荒く相当パンチの効いた人ではありますが、あの当時はさすがに精根尽き果てて、すっかり痩せ細ってボロボロになっていたのを思い出します。このままでいけば二人の100歳老人よりも、彼女が先に倒れるのではないかと皆で懸念をしたほどでした。

 

なので、ソ連の崩壊の後、ロシアや東欧から流れて来た移民たちの存在は大きかったと言えるでしょう。

 

もともとイタリアという国はイギリスやフランスやスペインのように広大な植民地を持っていた国ではありません。ですから、他の国と比べても多文化他民族が混合した社会というものには免疫がありませんでした。

 

そういえば私がイタリアでの暮らしを始めた80年代半ば、どこへ行っても人からじろじろ見られていたのを思い出します。フィレンツェのような都会でも、地域の子供から「見ろ、チネーゼだ!(中国人)」と囁かれることがあたりまえでした。田舎に行けば、東洋人の珍しさに、子供たちがハーメルンの笛吹きのように、歩いている私の後ろをぞろぞろついてきたのを思い出します。

 

あの当時のイタリア人たちは、外国人に冷たかったわけではありませんが、どこか自然には受け入れられないよそよそしさが確実にありました。

 

そういえば、生活に困窮し、某かの仕事をしなければならなかった私は、マイノリティに属する当時の中東やアフリカ系の移民と同じ扱いで、一時期就労の為に自分の滞在許可も〝移民〟という処置で出されていたこともありました。日本のような先進国の出自であっても、私も一外国人として、イタリアにおいては〝移民労働者〟だった時代があるのです。それくらい、外国人というものが、総括してイタリアにとってはおっかなびっくりの存在だった時代があったと言えるでしょう。対処に戸惑い、国から出される在外国人への法令も、毎年のように内容が変わっていたのを記憶しています。

 

しかし、あれからもう30年の月日を経て、先述したソ連や東欧の共産主義社会の崩壊、アルバニアや北アフリカからの大量の不法移民の流入など、イタリア政府も不可抗力な状況を受け入れ続けてきた結果、今ではイタリアも周辺の国々と同じく多種民族混合国家になりつつあり、その自覚はイタリア国民にも根付いてきつつあるようです。

 

小学校には普通にイタリア語がペラペラな、様々な人種の子供たちが居るし、仕事の現場でも「イタリアで生まれて育ちました」という外国人の若者に会うのも珍しくありません。今では私の顔をしげしげと見つめるイタリア人もどこにも居ませんし、顔は外国人でもイタリア語ができるとわかると、しゃべりかけてくる内容も態度も、周辺のイタリア人と全く同じ仕様になります。

 

勿論、自分たちの待遇や、するべき職業が移民に奪われていることに不平不満を抱くイタリア人も少なくありませんし、まだ様々な格差は存在しています。それでも、外国人の力を借りでもしないと先に進んでいけない現状を自覚している国と、自分たちの家族のために他国で頑張らねばと思っている外国人たちは、精神的な負荷を越えて、それぞれがつつがなく生きていける社会を願って、日々やりくりをしているわけです。

 

移民を苦しめる日本独特の「世間」という壁

イタリアで私は、ここ30年、一つの国が恐る恐る大量にやってくる移民を受け入れ始めてから、それがある程度馴染んでいくまでの有様を目のあたりにしてきましたが、今の日本は、あの30年前のイタリアに近いものがあるかもしれないと感じることがあります。

 

今ではモルドバやウクライナやルーマニアといった国々の外国人介護者の存在は、イタリアにとって本当に当たり前のものになりました。日曜日になると、お休みをもらった彼女たちが近所の公園に集まって情報交換をしたり、楽しそうに自分たちの国の言葉でおしゃべりをしている姿をよく見かけますが、それも今ではイタリアのどんな地域でも見られる、至極当たり前の光景になりました。

 

何はともあれ、この人たちのお陰で、イタリア人の多くは介護のために仕事を辞めずに済み、介護のために家族が無駄なストレスを貯めて精神的なバランスを崩すようなことも減ったのだと思うと、このような移民との共存も、大きく捉えれば地球全体の現象として、なるべくしてなった顛末ではないかとも思う訳です。

 

先日ハワイで母が倒れた時、日本に何とか彼女を連れ帰った私は、妹とはじめてこれからのことを話し合いました。私は日本に暮らしていませんし、夫側の家族のこともありますから母の面倒をどれだけ見られるかはわかりません。そして仕事をしている妹にも母の介護のために仕事を辞めて欲しいとは全く思ってもいません。音楽家という独特な生き方して来た母ですから、施設的なものへの入居を提案しても、おそらく素直には納得しないでしょう。それ以前に、役所に問い合わせてみても、今はどこも満員状態だというし、訪問介護者の数も全く足りていないという答えが返ってくるだけでした。

 

私はそのとき、ふとイタリアでお世話になっているモルドバの人がもしここにもいてくれたらどんなに助かるだろう、と思わざるを得なくなってしまいました。

 

だからといって、日本という国は就労目的でやってくる外国人にとっても、適応が容易な国とは言えません。介護以外の仕事でも、例えば「空気が読めない」とか「言わなくても普通そんなのわかるだろう」といった、日本人の独特な精神性やコミュニケーション術に馴染めず、疲れて仕事を辞めてしまったり居なくなってしまう人も少なくないと聞きます。

 

イタリアにやってくる周辺国家の人たちには、まだそれぞれの宗教観の根幹にある共通の倫理や、相似した考え方というものがあります。しかし、日本は宗教ではなく「世間」という具体的な記号にも言葉にもなっていない社会的規則を重んじなければならない、ある意味、独特な国です。その壁に当たって心が挫けてしまうアジアやブラジルなどからの移民の人が、既に日本に居る事を忘れてもいけません。

 

日本がどんなに外国人介護士の受け入れを認めても、高齢の母を持つ自分個人としてもこの決議が本質的には有り難いものではあっても、日本における高齢化問題がスムーズに解決するとは思えないのも、実は今の素直な気持ちです。

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ヤマザキマリ

1967年東京都出身。1984年からフィレンツェに11年間在住、油彩、美術史等を学ぶ。1997年に漫画家としてデビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。シリア、アメリカ、ポルトガルを経て現在はイタリア・パドヴァ市在住。最新作は『スティーブ・ジョブズ』『プリニウス』等。平成27年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

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