第103回 「キューバ――細やかな感性と情熱を持つ“豊かな人々”」

投稿日: 2016年11月29日 17:00 JST

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11月某日 北イタリア・パドヴァ

キューバのフィデル・カストロ氏が11月25日に90歳で亡くなりました。といっても、多くの日本の人々にとっては、遠く離れた中南米の、小さな島国を統治していた人、独裁者と呼ばれる人、といった認識以外に頭に思い浮かぶことはおそらく他にないでしょう。中には、キューバという島がどこにあるのかもはっきり判らなかったりする人もいるかもしれません。

 

カリブ海に浮かんだ沢山の島々のうちのひとつ、というイメージは持てたとしても、その島が他とはどう違うのか、どんな歴史を辿って来たのか、関心や興味がなければ一生知ることもない国のひとつかもしれません。

 

近年は観光産業が盛んになり、日本からも随分沢山の人たちがこの南の島を訪れているようですし、私がボランティアで滞在していた1990年代初頭のような、経済封鎖による困窮した有様はおそらく払拭されてしまっているはずです。

 

美しい海と青い空、美味しいお酒に素敵な音楽。キューバという国は、その昔、大航海時代にコロンブスがその地に到達したときから、様々な人々によって楽園や天国のような描写をされ続けてきた島でした。

 

私は社会学や政治学の専門家ではないので、キューバのそういった側面での素人発言は控えますが、かわりに、自分がかつてボランティアをしながら滞在していたこの国での経験を通じて、フィデル・カストロという人が、多くの国民を味方につけながら革命を果たした後に、いったいどのような国を作り上げたのかをお伝えしたいと思います。

 

私が首都・ハバナの、15人家族が暮らす家にホームステイをしたのは今から25年程前のことでした。ちょうどその少し前、ソビエトは共産体制が崩壊して〝ロシア〟になり、ベルリンの壁も崩され、世界からは次々と共産圏が消滅していきました。社会主義国としての姿勢を保つキューバはそれまで国を支えてくれた仲間を失い、まさに容赦のない経済危機に置かれている真っただ中でした。

 

キューバは国の基幹産業であるサトウキビをソビエト連邦に提供することで石油と引き換えていたわけですが、ソビエト連邦が崩壊して経済基盤が壊れてしまい、キューバ経済は大衰退に陥ってしまったのです。ただでさえアメリカからは30年以上も前から経済制裁を受け続けていましたが、ソ連消滅でその圧力がよりいっそう容赦のないものとなり、この国はさらに孤立化してしまいました。

 

配給はあっても、1日にひとりパン1個程度。アメリカに亡命した家族のいる家は送金してもらったドルで、外交官用のスーパーなどで買い物したり、闇で何らかの食料や物資と交換をすることが叶いますが、私の厄介になっていた15人家族の家にはそういうコネクションがありませんでした。なので、家には全く食べ物が無いのは当たり前のことでしたし、皆本当にいつでもお腹を空かせていました。

 

私のキューバの滞在目的は、鉛筆やペンといった文具などの物資が足りなくなっているキューバの学校に、イタリアで集めたそれらのものを運んで配り、時間があれば燃料不足で重機が使用できないサトウキビ畑で収穫を手伝うという内容のものでした。私自身もお金がない貧乏学生の立場ではありましたが、幾ばくかのドルは持参していたので、ボランティアから帰ってくると、滞在先の家族と一緒に外交官用のスーパーへ行って、1羽20ドルもする鶏や野菜を調達し、お母さんに調理してもらって15人でそれを分けて食べることもありました。ただし、一家に皿が3枚しか存在しないので(これも物資不足によるもの)、15人で一緒にご飯を食べることは叶いません。3人ずつのローテーションで食べていくのです。

 

1枚だけ買ってきた板チョコも、その家の中にいる7人の子供らによって瞬く間に食べられてしまいました。家族で唯一アフリカ系の子供だったミゲルは、食べ終わった包み紙を小さく折り畳んでポケットにしまい、ふとした瞬間にそれを取り出しては表面に残ったチョコレート臭を嗅いでいました。長男の離婚した妻の連れ子というミゲルはその一家の誰とも血は繋がっていないけれども、一家のお父さんに本当に可愛がられていて、苦手な勉強も毎日しっかりと見てもらっていたのを思い出します。

 

ちなみにキューバでの識字率は99.9%で世界1位。教育・医療費は無料。国民平均寿命は78歳。

 

私が当時ハバナで知り合った画家も作家も教師も賃金は皆だいたい同じ。医者や弁護士や官僚であれば少しは割り増しだったようですが、それでも先進国のような格差が出る程ではありません。知り合いの医者は、工場などで働く労働者も暮らす大きな団地の一室で家族と一緒に慎ましく生活をしていました。生きていく上でなくてはならない家を含め、教育や医療費、食は保証され、誰も飢え死にしたり、病気になってもお金がないから医者にはかかれないと諦める人もいませんでした。しかもキューバの医療水準は破格に高く、かのフィアット社の元会長だったアニェッリ氏も持病の治療でキューバを何度も訪れていたそうです。

 

キューバが旧ソビエトや北朝鮮など他の社会主義国と明らかに違うと思わせる点は沢山ありますが、決定的だと思うのはやはり亜熱帯という気候や土壌と、そこに生きる人種を形成してきた文化の違いかもしれません。

 

私の滞在している間、首都であるハバナでは何度も計画停電がありました。しかも、1日でもっとも電気が必要となるような時間に電気が使えなくなり、家の中が真っ暗になってしまいます。そんな時、一家の主人は「外にでようか、これじゃ誰が誰だかわかりゃしない」と促します。近所の公園へ行くと、同じような判断をした近隣の家族もぞろぞろと集まり、そのうちギターや打楽器などを持参してきたおっさんたちが何気にそれを奏で始めます。月明かりの下、キューバの農民の素朴な音楽『グアヒーラ』が流れ始めると、お婆さんやお爺さんがいつの間にか手を取り合って踊り始めます。

 

貨幣経済というものがほぼ意味を為さない状況下で、老人たちが踊り、奥さんたちは愚痴やゴシップを含むおしゃべりに忙しく、子供たちははしゃぎ声を上げて駆け回り、男たちは配給で配られたラムを飲みながら、だらだらと音楽を奏でている。私が目のあたりにしていたのは何やら信じられない光景でした。

 

滞在中、ひとつだけ事件が起りました。一家の次男とその従兄弟が、皆に内緒で作っていたタイヤを繋げたいかだで、無謀にもアメリカへの亡命を図ったのです。家族には置き手紙があり、そこには「ごめんなさい。でも少しだけ辛抱してくれたら、アメリカからお金を送るから待ってて。必ず送るから!」とだけ書いてありました。

 

家族は不安と悲しみに落胆しても、誰ひとり大騒ぎもせず、なるべくしてなってしまった顛末を静かに受け入れていました。

 

主人はその当時年齢が70歳。現役でフィデル・カストロ率いるキューバ革命に参加をした1人です。私の滞在も終盤になったころ、普段は寡黙で滅多に喋らないこの主人が、自分の経験した、革命前のキューバと革命後のキューバについて少しずつ語ってくれました。

 

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革命を知らない若者たちが資本主義の国にさえ行けば夢は叶えられる、と思ってしまうのも仕方がないこと

彼が若かった頃、アメリカの傀儡政権だったキューバは“アメリカの裏庭”と称されていて、大金持ちと貧困者が多数を占める圧倒的な経済格差の中、貧困に苦しむ農村では、当たり前のように人々は食べるものも無く野垂れ死に、多くの女性たちは売春という生き方を強いられ、インフラも整備されない環境で疫病で死ぬ人も出るという状況。島の人々はそのような惨憺たる生き方に対して限界を感じていたということです。マフィアがはびこり、ギャンブル事業や犯罪の巣窟と化していく中、フィデル・カストロという弁護士の若者が、必死でこの国の人々を救おうと闘っているのを知った時、彼の味方につこうと思うのは貧しさを強いられていた人々にとっては至極当然の成り行きだったこと。革命以前のキューバを知らない若者は、外国へ出ればもっと幸せになれると思っているのだろうけど、贅沢は出来なくても、自分は誰もが衣食住を保証される今の暮らしに十分満足していること。

 

アメリカと海を挟んで僅か150キロしか離れていないキューバのテレビのアンテナは、アメリカのテレビ番組も受信します。キューバのお腹を空かした子供たちは自分たちには手の届かないマクドナルドのチーズがとろけたハンバーガーやコカコーラなどのCMを見ながら、堪え難い欲求不満を募らせていきます。革命を知らない若者たちが資本主義の国にさえ行けば夢は叶えられ、ずっと良い暮らしができるようになると確信するようになる顛末は、妨げられないことであり、為す術もありません。

 

「人間である限りしかたがない事なのだよ」と主人は静かに呟き、私もその時はただひたすら、2人の青年を乗せてメキシコ湾を漂流するタイヤのいかだが無事にアメリカに辿り着くのを願うだけでした(そして彼らはその後亡命を果たし、アトランタに移り住みました)。

 

私がいよいよイタリアへ戻る日、空港まで送ってくれた家族は「何もお土産になるようなものがなくて」と、地元の新聞紙にくるまれたものを私に押し付けるように手渡しました。「はずかしいから、ここでは見ないで」と。涙の別れを告げた後、私は飛行機に乗ってからその新聞紙の包みを開きました。するとそこにあったのは、この家族の家に残されている唯一の調度品と言っていい、象のかたちをした陶器の灰皿でした。主人が妻と何年も前に旅行で訪れた東部の街で買った思い出の品だと、戸棚から引っ張り出して私に見せてくれたものでした。プレゼントしてくれたのは、私が「素敵!」と褒めていたからなのでしょう。手元の新聞紙の中からその灰皿が出て来た時は嗚咽が出るほど泣いてしまいました。

 

フィデル・カストロという人はあらゆる意味で難しい立場に立たされ続けてきた人です。彼が亡くなり、トランプ次期アメリカ大統領は彼を「残虐な独裁者」と評し、先祖たちの所有していた土地や財産を奪われ、国民に還元されてしまった亡命キューバ人が沢山暮らすマイアミでは「悪魔が消えた」とお祭り騒ぎが行われたそうですが、そういったアンチも含めて、全ての苦悩は、彼は一国の責任を背負って立とうと決めたときから心に覚悟していたことだと言えるでしょう。

 

革命後、やむを得ぬ顛末により社会主義国となり、ソビエトとアメリカの冷戦に巻き込まれ、何が?か本当か判らない中傷やデマが絶えず飛び交っても、638回もCIAやら何やらに暗殺を計画されても(これはギネスに登録されている)、過酷な判断を下さなければならない状況に置かれた時も、フィデル・カストロは狂気に走った発言をするわけでもなく、自分を崇めることを国民に強制するでもなく、正面から全ての事象と向き合ってきました。キューバの滞在中は何人もの反政府思想派の学生たちとも交流がありましたが、巷で噂されるような言論や思想に対する厳しい規制など、一抹の気配もありませんでした。キューバが独裁者の率いる恐ろしき共産主義国家だというイメージの横行を、心底からアホらしく感じたものでした。

 

カストロと共にキューバ革命を成就させたチェ・ゲバラは、流浪の革命家としてその人生の終り方も含め、多くの人々にとって理想的英雄になれた男だったと言えます。しかし、カストロのように死ぬまで一国の責任者として、非難中傷でもみくしゃにされながらも、しぶとく、そして正しい価値判断を失わずに生き残らなければならない立場の方がどれだけ大変なことか知れません。

 

「一国の統治を担うのは、革命という行為のその何倍も大変なことだった」とは、革命達成からしばらくしてカストロが口にしたとされる言葉です。

 

でも、そんなカストロのもとで、人々はたとえどんなにお金がなくても、某かのかたちで生きる喜びや幸福感を感じられる術を持っているということを、私はこの目で確かめてきました。国民のすべてに無償で同等の教育と衣食住が保証され、人を慮る細やかな感性と情熱を持ち、血がつながっていない人間に対しても惜しみなく純粋な思いやりを注げる……。キューバに、そんな人々を育む土壌があることだけは間違いないのです。

 

キューバは、本当に小さな島国です。実際カストロは、等身大以上の国威や権威をそこに求めることはありませんでした。彼はそもそも風光明媚で暖かく、のんびりした気候の中で生きるキューバ国民に、そんな切迫した発展欲やアンビシャスがあるなんて思っていなかったはずです。彼は、若い頃に貧困者のための弁護士として活躍していた時と変わりなく、キューバの国民が人として必要最低限度の生活を保障され、健やかに生きていける社会だけを革命当初から最後まで望んでいたに過ぎません。

 

昨年オバマによってアメリカとの国交も正常化した今、キューバはひょっとするとプエルトリコやドミニカ共和国といった周辺の島々、もしくはアメリカ傀儡政権時のような有様に戻ってしまう可能性もあります。

 

しかし、これからあの国がどんな変貌を遂げていくことになっても、私はカストロのような革命家がこの世に存在したということを、こんなにも精神の逞しい人間がいたのだということを、自分の生きる糧として常に思い出していくことでしょう。

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ヤマザキマリ

1967年東京都出身。1984年からフィレンツェに11年間在住、油彩、美術史等を学ぶ。1997年に漫画家としてデビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。シリア、アメリカ、ポルトガルを経て現在はイタリア・パドヴァ市在住。最新作は『スティーブ・ジョブズ』『プリニウス』等。平成27年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

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