第104回 「“ニッポンらしい情景”だった酔っ払い&疲れ切ったサラリーマン」

投稿日: 2016年12月06日 22:00 JST

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12月某日 北イタリア・パドヴァ

先日BBCのネットで、電通の女性社員が過労を理由に自殺し、本社に家宅捜査が入ったというニュースを読んだ旦那が「KAROSHIってまだあるんだ……」と私に話しかけてきました。

 

このニュース記事を読んだ時、私は今から10年程前、夫の親族を含む平均年齢65歳のイタリア人オバさん11人で日本ツアーを実施した時の事のことを思い出しました。

 

朝、成田に到着した彼女たちを新宿の都庁付近のホテルに連れて行き、その日は時差もあるし疲れているだろうから休憩日にしましょうと提案するや否や「休憩なんか必要ない! 今すぐに観光に行かないと時間が勿体ない! せっかくこんな遠くまで来たのに!」と全員が口を揃えてロビーで大抗議。疲れ知らずのオバさんたちを率いて外へ出ると「ねえ、なんだかコーヒーが飲みたくなっちゃった、あそこカフェみたいよ!」と皆揃ってぞろぞろと喫茶店『ルノアール』へのみ込まれていくではありませんか。

 

そして日本に到着したてホヤホヤの彼女たちは、その喫茶店に入るなり衝撃の光景を目のあたりにし、いきなり興奮状態に陥りました。そこには、疲れ果てたサラリーマンたちが屍のように力なくソファや椅子のあちこちにもたれかかって、まるで戦の終った戦場のような有様になっていたのです。

 

「もしかして……、これがKAROSHI!? ね、これがKAROSHIってやつなのね!?」と鼻息を荒くしたオバさんたちは、気の毒なサラリーマンに向けて一斉にシャッターを切ります。あの当時『過労死』という言葉は海外でも固有名詞化されており、ニュース番組やドキュメンタリーなどでも日本人の過重労働が度々取り上げられていた時期だったので、疲れきったサラリーマンの姿は、ある意味彼女たちにとって、満開の桜や、雲の掛かっていない富士山と遭遇するくらい、〝ニッポンらしい情景〟だったのでした。

 

オバさんたちはその後、通勤時刻の満員電車を体験したり、夜の駅付近で酔っぱらってふらふらしている勤め人の姿を見ることにもなるのですが、それは帰国後も現在に至るまで、日本旅行で特別印象的だった事柄として熱心に、時には過剰な表現が盛り込まれたかたちで地域の人々に語り継がれています。

 

あれから10年も経っているにもかかわらず、あれだけ問題視された過労死が未だに日本社会で発生していることに、夫も驚いてしまったようです。

「最近の若者は昔みたいに無理をしないってマリが言ってたから、KAROSHIをする人はもう居なくなってきてるのかと思ってたのに」と感慨深そうに顔をしかめていました。

 

特に彼は、日本式のオーバーワークや過労死というものに対して、おそらく人一倍敏感な意識を持っています。というのも、かつて私の作品である『テルマエ・ロマエ』のヒットを皮切りに、どんどん舞い込んでくる漫画やエッセイの依頼を次から次へと引き受けたお陰で、私の身体も精神も破綻寸前になる有様を彼は目のあたりにしているからです。

 

〝神は1週間の7日目は休むために作られた〟というキリスト教的倫理観が当たり前に浸透しているイタリア人にとって、基本的に彼らの日常には残業も休日出勤もありません。北部の大都市では例外も存在はするようですが、イタリア人は働き過ぎは意味がない、生きる目的は仕事ではない、人生において仕事より大事なことは山ほどある、という確信とともに生きています。

 

学生のころ、フィレンツェの革製品屋でアルバイトをしていた私は、オーナーに頼まれて、週に3日、基本労働時間である8時間を2時間ほど上回って仕事をしていたことがありました。すると、私の周りにいたイタリア人の友人がそれを知って激怒し、労働組合局にその店を訴えたのです。店は何らかの処罰を受けた筈ですが、私はさすがにそこでは仕事を続けられなくなってしまったので、顛末の詳細はわかりません。ただ、イタリア人が他人ごとであっても、労働者の権利を容赦のない意識でとらえていると、その時初めてわかったのでした。

 

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古代ローマ時代であれば、国威や経済を担う為の機械的部品として酷使された人々がいた

『テルマエ・ロマエ』の実写化で撮影地のひとつとして選ばれたイタリア・ローマのチネチッタでも、イタリア式な解釈に日本人スタッフは適応を強いられました。エンターテインメントという業界においてもイタリアでは労働法や権利がしっかりと優先され、ロケ時間も規定以上の延長はなし。どんなに撮り残しがあっても、時間が押していても、午後6時にはエキストラもチネチッタの職員も全員仕事を止めなければなりません。そもそもイタリアの法律では、雇用者は週に40時間以上の労働を認めておらず、違反をした雇用者は損害賠償を支払うことになっています。

 

そんなわけでロケ現場に立ち会っていた私は、出演者だった阿部寛さんや北村一輝さんらと毎晩ご飯を一緒に食べることになったわけですが、みなさん口を揃えて「こんな修学旅行みたいなロケ初めてだな!」と驚いていました。「出演者同士でこんなふうにメシを毎晩一緒に喰うなんて、日本だったらほとんどあり得ない」と。

 

あの修学旅行的ロケのお陰で、私は原作者という立場であるにもかかわらず、キャストの皆さんと沢山交流ができて、その後もずっと仲良くお付き合いをすることになったのだと思うのです。

 

そういえばイタリアで日本のテレビ取材の時に同伴する、日本語の達者なイタリア人のコーディネーターたちも、日本人と一緒に日本人的時間で仕事をすると家族に非難される、いう話をしていました。

 

チネチッタ撮影所のような大きな組織の仕事であれば、当然日本のスタッフもイタリアの労働基準法に従わなければならなくなりますが、テレビ番組用の取材などで、少人数で街の中を撮影したりするとなれば、時間制限の縛りは緩くなります。家で家族が帰りを待っていたりするコーディネーターはイタリア人であっても、日本式に夜遅くまで取材に立ち合うわけですが、その働き方がなかなか家族に認めてもらえなくて大変だという話を聞きます。

 

私もイタリアにいながらにして、日本で定期的に出版される雑誌に作品連載しているので、日本式な時間感覚で働かなければなりません。ましてや、連載が増えれば当然寝る時間も食べる時間も減りますし、家族と一緒にどこかへ行ったり、寛いだり、友達と会ったり、なんていう時間は全くもうけられなくなってしまいます。

 

『テルマエ』のヒットで連載作品が一気に増えた私は、イタリア人夫から絶大なる失望を買うこととなりました。彼は寝ても覚めても机に向かっている私に何度もブチ切れて「君は仕事依存症だ、どうかしている」とまで言われたこともありました。あの時、仕事に対する姿勢という見地から、私は初めて国際結婚のハードルの高さを痛感させられた気持ちになりました。

 

私にしてみれば漫画家としては遅い年齢でデビューし、40代になってやっと絵を描くという、学生時代はただただ貧困にもがくための素材でしかなかった技能が認められたわけですから、それまでの苦悩も含めてこの機に自分の中でマグマとなって噴出したがっているものを全て表現しよう! という意欲で満ちていたわけです。友達の作家も週刊連載でボロボロになりながらも頑張っているし、皆どんどん面白い作品を描いているし、私も頑張らなきゃと、過剰な忙しさを全く否定視していませんでした。

 

しかし、間もなくしてそんな私も、仕事であれば何でも許されると思っている自らの意欲を勘ぐるようになったのです。容赦なく押し寄せてくる締め切りや、編集者からの電話に強迫観念を持ち始め、夜は不安と高揚で眠れなくなり、食欲は減退、原因不明の熱が出たりしているうちに、とうとう病気になってしまったのです。

 

旦那や旦那の家族からは「その働き方は病気だから」と、精神科へ行く事をすすめられたこともありました。身体を壊し、家族からそのように思われている実情と向き合った時、私は初めて仕事のし過ぎは美徳でも何でもない、ということを痛感したのです。

 

古代ローマ時代であれば、奴隷とされていた人々は国威や経済を担う為の機械的部品として酷使され、人間として顧みられる事もなく、過労で亡くなる人も沢山いました。奴隷として生きなければならない人生の顛末に悲しみと怨嗟を持って、辛い思いで命を終えた人たちの数は計り知れないでしょう。

 

その時代に比べると、民主主義だの自由だのと言われている昨今の社会では、私たちは過重労働しつつも人としての権利を保証されているように感じることが許されています。

 

しかし、イタリアみたいに必要以上に働くことを責め立てられる国にいると、そんな民主主義社会のありかたも、そこで働く人々も、もの凄く俯瞰で捉えれば、古代の奴隷とさして変わらぬ立場に置かれているように思えてきてしまうのです。

 

余暇こそが良き人をつくり、持続力のあるパワーを貯め、柔軟で面白い発想を養う、という古代ギリシャ人の哲学者が唱えていたような考え方が日本の社会にも浸透していく事を願うばかりです。

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ヤマザキマリ

1967年東京都出身。1984年からフィレンツェに11年間在住、油彩、美術史等を学ぶ。1997年に漫画家としてデビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。シリア、アメリカ、ポルトガルを経て現在はイタリア・パドヴァ市在住。最新作は『スティーブ・ジョブズ』『プリニウス』等。平成27年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

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