第114回 「私がはまった香り」

投稿日: 2017年02月28日 18:00 JST

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2月某日 大分県別府市

日本屈指の有名温泉地、大分県の別府市で“香り”をテーマにしたイベントに参加してきました。別府市には『大分香りの博物館』という施設があり、古今東西の“香り”についてのあらゆる情報をこの場所で得ることができるようになっています。人間がどうして“香り”に執着するようになったのか、そのこだわりの歴史、人類が“いいにおい”としてきた素材にはどんなものがあるのか、そして近代になってからのファッションブランドの香水ビジネスの展開など、展示物も充実していて本当に面白い博物館なのですが、ここで私も自分の香水なるものを調合させて頂きました。最終的にはサンダルウッドや檜がメインとなった、お風呂を連想させる香りに仕上がりました。

 

ちなみに私が好きな香り(におい?)は、硫黄です。決して別府市に対するサービスでもなければ、私が温泉や風呂をテーマにした漫画を描いた作家だからではなく、この地球から噴出されるにおいこそが私にとっては最高の“香り”と言い切れるでしょう。

 

私は海外生活が長いため、日本の温泉へ行くどころか湯船にすら入れなかった身にとっては、温泉として最も特徴的と言える硫黄のにおいは、それだけで疑似温泉感覚を可能にしてくれるのです。だから、今もイタリアの仕事机の傍にはヒマラヤ岩塩という硫黄のにおいのする塩の入った箱が置いてあり、精神的に行き詰まってくるとそれを嗅ぐことでリラックス気分に浸れるのでした。遠い日本での素晴らしき温泉地を思い出させてくれる硫黄は自分の人生にとってもはやなくてはならないにおいになっていると言えるでしょう。

 

嗅覚というのは考えてみると、記憶を鮮明に蘇らせてくれるのに優れた感覚と言えるかもしれません。

 

例えば子供の頃に食べていたキャラメルの箱を開けて、そこから放出される香りを嗅いでみてください。日本の子供なら誰しもが食べた事のあるこのキャラメルと箱のあの香りだけで、私たちの記憶はたちまち幼年期にフラッシュバックすることでしょう。真冬でも、蚊取り線香を焚いてみるだけで、たちまちその場が蒸し暑い夏の空気に包まれるような気がしますし、湿布のにおいは、

今は亡き爺さん婆さんを思い出させてくれます。別れた恋人が付けていた香水の香りは、どんなに時間が経過しても、その人の存在感の主張を感じさせられてしまうでしょう。

 

海外で外国製のシャンプーや石鹸ばかり使って暮らしていると、たまに日本製のものを持ち帰って蓋を開けたとたんに、言い知れぬ安堵感に見舞われるのはなぜなのでしょうか。多分、日本のシャンプーや石鹸のかおりは、お風呂をイメージさせてくれるからかもしれませんが、やはりココナッツやら強烈なフローラル系の甘ったるい香料を使った海外製品にくらべて、圧倒的に嗅覚にやさしい、という気がするのです。あれはあれで海外に暮らしてみて初めて理解できる、日本らしいにおいと言えるかもしれません。土地が変われば、もちろん“いい香り”や“臭さ”というものの概念も違って当然なのですが。

 

私が今まで訪ねた国々もそれぞれ様々なにおいを放っていましたが、一番印象深かったのは、チベットの拉薩(ラサ)かもしれません。拉薩やその周辺では主に寺院ばかり訪ねていたので、そこで焚かれているチベット仏教で用いられるヤクのバターと、独特なお香の香りが嗅覚の奥深くにまで沁み込んできます。

 

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地球や動物の土着的気配が感じられるものに惹かれる

私は現在小刻みに海外と日本を往復していますが、国別の空港のにおいの特徴、というものもあります。日本には日本の空港のにおい、具体的には羽田空港には羽田空港のにおい、成田空港には成田空港のにおいというものがあります。うまい具合には形容できないのですが、それぞれの空港によって感じられるにおいというのは微妙に違うのです。羽田の場合、第一ターミナルの到着ロビーに漂うカレーのにおいに、ゲートから出た瞬間カレー欲を触発される人は少なくないでしょう。

 

イタリアも空港によって微妙ににおいが違うように思いますが、施設内は日本の空港ほど飲食店が発達しているわけでもないので食べ物のにおいはそれほどしません。やはり、その建物の清掃に使われる洗剤のにおいが特徴的と言えるでしょう。

 

イタリアの洗剤といえば、以前日本在住のイタリア人家族の家を訪ねてみると、そこの家族の衣服からイタリアの洗剤の香り(結構特徴がある)がするので、まさかと思って問い質してみると、「実はそうなの、うちの旦那、服にはこの香りがついていないと嫌だというのよ。だからイタリア製の洗剤で洗っているの」という答え。いちいち洗剤をイタリアから持ってくるの大変じゃないですか!? と聞くと「……そうなんだけど、主人にとってはこれが離れているお母さんを思い出させる香りだというのよ。これじゃないのを使うと機嫌が悪くなってね……」と眉を八の字にする妻。

 

なるほど、そのパターンの香りへの執着はイタリアの男性には意外に多いかもしれません。我が家の旦那も、ちょっと風邪気味になると必ずやることがあります。彼はメントールの香りのする塗り薬を胸から喉に掛けて刷り込み、そのにおいで「ああ、鼻の通りがよくなってきた」と言うのですが、私には特にそれが効果的だと思えた事は今まで一度もありません。旦那曰く、子供の時から風邪をひくとお母さんにそれを塗ってもらったというのですが、正直、その塗り薬の効能というのは、単純に病気のときにお母さんに優しくしてもらった記憶を蘇らせることのみにあるのではないか、と私は感じたのでした。マンマの淹れたコーヒーでなければ飲みたくない、というワガママおっさんもいるような土地ですから、彼らにとっての“いいにおい”や“いい香り”の記憶の多くも、母親に由来するものが多そうです。

 

別府でのトークショーの折に、硫黄のにおい以外に私の好きな香りは他に何があるだろうと考えてみました。樹木や葉っぱのにおい、猫のにおい、濡れたアスファルト、干したての布団のにおい、エレファスゾウオオカブトのにおい。最後のエレファスゾウオオカブトというのは、アマゾンのジャングルの小屋に滞在していた時に、夜に飛んで来た甲虫界では最大の大きさのカブトムシで、私の人生において忘れられない感動の出会いのひとつでした。

 

板壁にいたこのカブトムシを捕まえようとすると、彼女(雌だった)はその毛に覆われたふかふかのお尻をあげて、猫のような「シャーッ」という威嚇の音を出し、同時に身体全体から強烈なにおいを放ってきたのですが、夜のアマゾンのジャングルの緑が息づく中で嗅いだ、その力強い虫にしか出せないにおいがあまりにすばらし過ぎて、私は惚れ惚れしてしまったのでした。もしかしたら、そういう蠱惑的フェロモン作用があのにおいの中には入っていたのかもしれません。ちなみに、香水の原料となるものには麝香鹿(ジャコウシカ)や麝香猫(ジャコウネコ)、ビーバーといった動物性のものが幾つかあり、使われるのはやはり彼らの生殖器などの臭腺からの分泌物だそうです。どんなに高級な香水にもそれが必須の要素だというのが興味深いですね。

 

イベントでは私は自分の好みの香水なるものも調合しましたが、本当はこのようなエレファスオオカブトのに

おいや、あと、昔から“あればいいのに”と思い続けているのが猫のにおいの香水です。日本に居る時や旅の最中など、自分が猫と離れて寂しくなった時、そんな香水があればどんなに便利でしょう。

 

つまり私が好きな香りやにおいというのは、ふんわり夢心地にさせてくれるものというよりも、地球や動物の土着的気配が感じられる、そういったものなのかもしれません。

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ヤマザキマリ

1967年東京都出身。1984年からフィレンツェに11年間在住、油彩、美術史等を学ぶ。1997年に漫画家としてデビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。シリア、アメリカ、ポルトガルを経て現在はイタリア・パドヴァ市在住。最新作は『スティーブ・ジョブズ』『プリニウス』等。平成27年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

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