第128回 「トイレから出られない……『花粉だんご』で七転八倒」

投稿日: 2017年06月20日 17:00 JST

image

 

6月某日 北イタリア・パドヴァ

 

先週はエッセイをアップできませんでしたが、怠けていたからではありません。実は体調を崩しておりました。

 

古代ローマの博物学者・プリニウスを取り上げるテレビの取材の為、出かけていたナポリで突然お腹の様子が怪しくなり、その夜発熱。止めどもなくこみ上げてくる吐き気にトイレから出られなくなり、殆ど寝ずに一夜を過ごしました。

 

取材先の1つだったヴェスビオ火山の麓にある養蜂場のご夫婦は、見るからに不調の私を気遣い、できたてホヤホヤの生蜂蜜を巣箱から取り出して親指で蜂の巣を潰し、中からとろりと溢れ出て来た蜜を私に舐めろとすすめてきました。「オレは60年生きているが、養蜂をしているおかげで医者知らずだ。今まで薬も飲んだ事が無い。蜂蜜舐めてりゃだいたい何でも治る」と、あまりに熱を込めた説得をするので、私も自分の親指で巣の一部分を潰して中から出てきた蜂蜜を舐めてみました。栗の花から採れたというその生蜂蜜は確かに絶品で、リコッタチーズなんかに垂らしたら素晴らしく美味しいことでしょう。味覚の余韻に酔いしれていると、じゃんじゃん喰えとオヤジから促され、思わず何度も蜂の巣を親指で潰してしまいました。

 

プリニウス大先生も、蜂蜜という、人間の身体にとって素晴らしい恩恵を与えてくれる蜂は史上最高の虫であり、喘息でも何でも蜂蜜さえあれば治ると彼の著書『博物誌』の中でも大絶賛しています。そんな話をすると養蜂場のオヤジは益々舞い上がり、今度はミツバチが後ろ足に付けている花粉だんごの溜まった箱を持ってきて、それを喰えと私に差し出してきました。

 

このミツバチの花粉だんごはビーポーレンという名称で日本でも販売されているようですが、「花粉はもの凄く身体にいい。健康の源だ」と強くすすめられるまま、手のひらいっぱいにすくってそれを口の中へ放り込みました。一瞬嘔吐中枢が刺激されかけ、オエッとなりそうになるも何とか堪えて冷静に味を分析してみます。美味しいとか美味しくない以前に、今まで食べたことのない食感と味が口の中いっぱいに広がりました。

 

かつてローカルテレビで旅のレポーターをしていた頃、美味しいと思えないものを食べてしまったときに私はよく「……これは、なんていうか、新しい感じ。新感覚!」というコメントを良く使っていましたが、まさにビーポーレンを口いっぱいに頬張った最初のコメントはそれ以外に思い浮かびません。けば立った栗きんとんのような、不思議なパサパサモソモソ感があってなかなか呑み込むことができず、かばんの中からペットボトルの水を取り出すと、咀嚼途中の花粉だんごを一気に喉の奥へと流し込みました。「よし、見てろ。これでお前は今夜、必ず元気になるから」と得意気なオヤジの顔。あまりに得意気なので彼の言っていることを信じる以外の気分にはなりません。私はすっかり楽観していました。

 

ところがその午後、取材を終えてパドヴァへ帰る列車の中で私は今までにないほど抑えられない吐き気に見舞われ、慌ててトイレに駆け込みました。症状は益々酷くなり、パドヴァまでの4時間の殆どを、列車のトイレで過ごす羽目になったのです。身体中が氷の中に投げ込まれたように寒くなり、車掌の女性に頼んで冷房を緩めてもらいますが、寒過ぎて唇が震え出しました。かつてチベットへ向かう為に乗った青蔵鉄道という、標高5000mを通過する列車の中でも私は高山病で倒れて酷い目に遭いましたが、まさにその時の嫌な記憶が頭の中に広がり始めました。〝やばい、このままでは途中の駅で降ろされて救急車必須だ、明後日は日本に帰らねばだしそれどころではない〟と気を奮い起こして何とか客席へ。唯一、身体を温める方法として思いついたのがPCです。使う訳でもないPCの電源を入れ、底の方から仄かに放出される僅かな熱で何とか寒さを凌ぎ通しました。

image

調べると「食べ過ぎは下痢になります」と

それにしても腑に落ちません。プリニウス大先生と養蜂場のオヤジがあんなに大絶賛している蜂蜜と花粉を摂取したのに、なぜこんなにも調子が悪くなってしまったでしょうか。

 

医者を訪ねると「ああそれノロウィルスだね」とあっさり。症状を告げただけで断言されたので拍子抜けしましたが、「まあ、2、3日経てば楽になりますよ」という言葉を信じて家に戻りました。考えてみれば、体調を崩して抵抗力が弱まっていた上に、3日間、私は蜂蜜と花粉しか食べていません。胃袋はクマのプーさんみたいな状態です。頬は痩け、体力もすっかり奪われてゾンビのような有様となり、翌日の日本までの長いフライトを控えてひたすら寝る事に徹しようと決めました、全ての仕事を諦めて。

 

そういえば、少し前に日本で蜂蜜を食べた赤ちゃんが亡くなったというニュースがありました。気になってネットで調べてみると、1才以下の子供には蜂蜜は与えてはいけないとあります。稀にボツリヌス菌なども混ざっている場合があるそうですから、それなりの注意は払わねばならないということです。

 

ついでに、大量に食べたあの花粉だんごビーポーレンのことも調べてみると「食べ過ぎは下痢になります」と書いてありますた。そうかあ、オヤジにすすめられるがまま、手のひらいっぱいの量を飲み込んだものなあ。そりゃあ益々トイレに引きこもりにもなるはずです。まあ、周りの人に言わせれば「いつものヤマザキさんらしい展開じゃないですか」で済まされてしまうわけですが、これでまた身体を張った経験によって覚えたことがひとつ増えました。

 

ノロウィルスかどうかは未だに定かではありませんが、様々な病気を経験してきた私にとっても、今回のこの腸炎を引き起こした菌はちょっと手強い存在でした。これから夏にかけて体調管理もなかなか難しい時期ですが、皆様どうぞくれぐれも食べ物にはご注意下さい!

 

この記事を書いた人

記事一覧

この記事を書いた人

ヤマザキマリ

1967年東京都出身。1984年からフィレンツェに11年間在住、油彩、美術史等を学ぶ。1997年に漫画家としてデビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。シリア、アメリカ、ポルトガルを経て現在はイタリア・パドヴァ市在住。最新作は『スティーブ・ジョブズ』『プリニウス』等。平成27年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

この記事が気に入ったら
いいね!/ フォロ− しよう

WEB女性自身の最新の情報をお届けします。

【注目アイテム】
「メスを使わない美容整形」コルギのパワーを自宅で!!
ジェニファー・ロペス、カイリー・ミノーグが「約20歳年下彼氏」を手に入れたワケ!
45歳、奇跡の美乳・原志保さんのボディを作るヒミツのグッズ公開!!
着るだけで、エステの効果がインナーに!!
可愛い47歳! 元CA佐藤亮子さんの大人気トラベルブランド

コラム・連載

もっと見る

女性自身チャンネル

もっと見る

“好感度1位”俳優パク・ボゴム 謙虚すぎる受け答えにウットリ2017.12.05

最旬スターのインタビューをお届けするK☆STAR LOVERS。今回のゲストは、今、韓国で最も愛される俳優のパク・ボゴム(24)。'16年に韓国で放送され、最高視聴率25.3%を記録した時代劇『雲が描...


ランキング