第129回 「不思議な恐怖症(閲覧注意!)」

投稿日: 2017年06月27日 17:00 JST

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6月某日 北イタリア・パドヴァ

 

子供の頃のことですが、京都か奈良かどこかの古都をたずねた時、そこにあった池一面を覆うように咲いていたハスの花、正確には咲き終わった花の花托(かたく)を見た瞬間、急に足がすくんでその場で倒れそうになったことがありました。シャワーヘッドのような花托の表面に、びっしりとちいさな丸いハスの実が詰まっている有様が、見るに耐えられなかったのです。

 

帯状疱疹という病気になった時も、その症状を見てハスの実と同じ恐怖を感じました。赤く膨らんだ小さなブツブツがみっしりと並んでいるのを見た瞬間、足下から力が抜けて目眩を覚えたのです。蕁麻疹になった時も同じです。自分の皮膚に奇妙な形の膨らみが一カ所にかたまって沢山できているのに気がついた時の、逃げ場を失ったようなショックとダメージは形容し難いものでした。

 

息子の指にウィルス性イボができて、それを治療している途中で、蓋のようにイボを覆う表面が?がれた時は、繊維状のものが縦に詰まっているようなイボの中身を見て思わず悲鳴が出てしまいました。テレビの動物番組で、背中にびっしり卵を敷き詰めて、そのまま孵化させるカエルを見た時も倒れそうになりましたし、ブラジルのジャボチカバという木肌に直接丸い果物をみっしりと実らせる植物の写真を見た時も気が遠くなりました。

 

こういう症状のことを心理学上では集合体恐怖症(トライポフォビア)と言うのだそうです。集合体恐怖症と一言でいっても実は様々なタイプがあり、イチゴの種やぶどう、描かれた水玉模様ですらダメだという人もいます。私は草間彌生さんの作品やイチゴの種は全く平気ですし、通常の透明な膜に覆われたカエルの卵も平気です。イクラやタラコのような魚卵も大好きですし、トウモコロシのような植物を見ても何も感じないのですが、以前茹でているのを忘れていたマカロニが全て上方向を向いてびっしり鍋にこびり付いていたのは最悪でした。どのような種類の集合体に反応するのか、それは全く自分でもわかりませんし謎です。蜂の巣も、一律して同じ形が理路整然と集まっているのなら全く平気なのですが、そのうちのいくつかがちょっとでもいびつに歪んでいたりするともうダメです。虫の複眼を拡大した写真などは別に恐怖を覚えませんが、以前、家のレースのカーテンの編目にびっしり小さな虫が卵を産んでいたのを目撃した時は気絶しかけました。

 

でも、その光景は集合体恐怖症の人でなくても、どんな人でも目にすれば卒倒しそうになるでしょう。いろいろ自分なりに調べて判ったのは、つまり集合体恐怖症的な要素というのは多くの人にもごく当たり前にある、ということです。

 

集合体恐怖症の原因自体はまだはっきりと解明されてはいません。高所恐怖症や先端恐怖症、閉所恐怖症は、やはり死に対する恐怖心というように、理由がはっきりしていますが、集合しているものの一体何が恐怖なのか、どうして小さいツブツブに震え上がらねばならないのか、ちょっと考えただけではなかなかわかりません。

 

しかし幾つかのサイトには、どうもこの集合体というものに対しても、人間の本能は危険を感じるのだということが書かれていました。身体にできるブツブツも、単純な湿疹や蕁麻疹レベルならまだしも、もっと酷い、命に関わるような病気が原因だったりする場合もありますし、動植物は身を守ったり相手を威嚇するためにわざわざ集合体を象っているケースが多いわけです。小さいけれど集まればそこにはそれなりの危険性があるということを、我々の身体は本能のレベルで察知しているということです。だから、テントウ虫のようにわざわざ甲殻の表面に点々模様を付けて、敵から身を守ろうとする虫も存在するのだそうです。そういえば、かつてうちの猫が絨毯に編み込まれた細かい模様を見て、毛を逆立てて驚いた事がありました。猫の感じた恐怖の要因が小さな集合の持つ脅威だとすれば、納得がいきます。

 

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人間という生き物の複雑さを表すさまざまな恐怖症

子供の頃は「ブツブツが嫌いな変な子」としか括られていなかったのが、今では心理学研究によって一種の精神疾患として認められ、堂々と回りの人にも自分が集合体恐怖症であることを伝えられるようになりました。

 

そしてこうした研究が進む事で、“恐怖症”には様々な種類があることもわかってきたようです。ウィキペディアで見ただけでも、広場恐怖症、対人恐怖症と言った人間社会への拒絶が要因になっている解りやすいものから、子供恐怖症、外国人恐怖症、暗所恐怖症、花恐怖症、イスラム恐怖症なんていうのが取り上げられていました。

 

更に、電話恐怖症、髭恐怖症、美人恐怖症、活字恐怖症、黄色恐怖症、ピエロ恐怖症など、人間という生き物の複雑さを示唆するような恐怖症が存在するようです。黄色恐怖症って何なの!? と思いますが、そういえば知り合いのお母さんはオレンジ色が大嫌いで、オレンジ色を見ると目眩がして吐きそうになるんだと話していたのを思い出しました。

 

こんなにありとあらゆるものを恐怖の要因にしてしまう人間って“一体どれだけ繊細な生き物なんだ!”と思いますが、とっかかりがどんなものであろうと、全て自らの命や精神的バランスへの危機を察知する本能の反応ということになるようです。猫が、傍に置かれたキュウリに対して異常に驚く動画をいくつか見た事がありますが、あれも要は“長いもの=蛇”という形状への恐怖心が本能に働きかけるからだと専門家が説明していました。

 

そして、そういった恐怖症の克服は可能だそうで、怖いと思っている対象と向き合い、少しずつ慣らしていけば徐々に治っていく場合もあるのだそうです。私は早速PCで『集合体恐怖症』の画像検索画面を開いてみました。世にも恐ろしい画像が沢山並ぶ中、宅配ピッツアの上に熱されてフチのめくれ上がった小さな輪切りサラミがびっしりと表面に敷き詰められた画像が目に入り、私はその時点で自主的治療を諦めました。この画像のせいで、私がピッツアを欲することは当分ないでしょう。

 

できればこのような集合体をなるべく目にすることなく、平和で平穏な人生を過ごしていきたいものです。

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ヤマザキマリ

1967年東京都出身。1984年からフィレンツェに11年間在住、油彩、美術史等を学ぶ。1997年に漫画家としてデビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。シリア、アメリカ、ポルトガルを経て現在はイタリア・パドヴァ市在住。最新作は『スティーブ・ジョブズ』『プリニウス』等。平成27年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

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